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://netafull.net/neta2008/026723.html
://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080728-00000134-mai-soci
://mainichi.jp/select/jiken/news/20080729k0000m040028000c.html
://www.asahi.com/kansai/news/OSK200807280136.html
://ratio.sakura.ne.jp/archives/2008/07/29213823/
<毎日新聞より引用>
急激に水位が上昇すると逃げ場を失いかねず、随所に注意看板が立っているが、危険を知らせるサイレンなどの警報装置はなかった。県は「普段から付近の学校などには危険性を知らせる冊子を配っている。今回はわずか10分で水位が急激に上昇しており、想定外の事態だ」と説明した。
国土交通省六甲砂防事務所の大下正和副所長は「六甲山は海岸線までの距離が2〜4キロと短く、直線的で急こう配の川が多いため、はんらんや鉄砲水が起きやすい」と指摘。1938年7月の「阪神大水害」では、阪神間の多数の河川がはんらんし、616人が死亡。その後も、鉄砲水が日常的にあるという。
<引用終わり>
こんな「川で遊ぼう」みたいな整地をしてある川で?
鉄砲水が日常的にある川に遊歩道?
六甲山を削ったんじゃないのか? その土で「使えないことで評判の神戸空港」を埋め立てて作ったんじゃないだろうね? それとも未だに山削り中?
特に気の毒なのは、女の子が重みに耐えきれず、手を放したがために男の子が流されて水死したこと。これこそが本当のトラウマだ。男の子も大変気の毒だが、女の子の気持ちを考えると……。男の子は河口で、**************になった状態で発見されたらしい。
そして、運営委員長(最高責任者)である安藤さんのお人柄の良さを知っているだけに、謝罪の弁を読むと胸がキツく締め付けられるほど痛くなり、吐き気と目眩がした。
夢とかお金儲けとは別の次元で運営されておられただけに痛ましい。安藤さんは、子どものため、地域のため、自分がやらなきゃならぬと仕事を辞め、私財をほぼ投げ打ったような状態で学童を作った。作っただけではなく、運営方針やご本人のお人柄、真摯なスタッフも皆に好かれた。だから、誰からも愛されているし、僕も安藤さんを尊敬している。
二十代前半のクソガキだったこの僕を、いっぱしの大人扱いしてくださって、初めてお会いした時から、50歳くらいだった当時の安藤さんは、ずっと僕に敬語オンリーで接してくださった。
***さんのお店は、当時確実に神戸一******だった。独創的で何度でも通いたくなるような。凄腕の職人さんが創作への葛藤や人気へのプレッシャーなどで**して失踪したがために、安藤さんが一から勉強してお店を立て直した。職人さんのことは気の毒だったが、無口すぎる人の感情は誰にもなかなかわからないものだ。
僕は、安藤さん以上に誠実な人をこれまで見たことがない。そんな人がこの事件を自分の責任として全部かぶろうとしておられるのが、記事の言葉の端々から伝わってくる。これから一生、朝起きるたびにこのことを思い出されるのだろうか、と考えるだけで僕も苦しい。
見返りを求めない本当の誠実さは、必ずしも良き結果のためだけではない。しかし、これが誠実への「報い」だとしたら、あらゆる神仏を叱り飛ばしたいくらいだ。
うちのボスだってそうだ。こんなにも今まで僕に対して誠実・実直に接してくださっているのに、僕はこのザマだ。本当に悔しくて心苦しくて情けなくて申し訳ない。
いや、僕なんぞより、せめてもう一度、あの安藤さんのニコやかで無邪気な笑顔が見たい。
でも、かける言葉が微塵も見つからない。
今度お会いした時に言う、挨拶の用語さえもわからない。
どうやって、もう一度お会いすべきなのかも思いつかない。
まだ、過去の人だという意識には全くなれないし、今の僕では逆に心配されるだけなので会わす顔さえない。
ただ僕は、どうか皆さんが安らかで穏やかになりますように、と心底願っている。
さすがに主人の異変に驚いたのか、猫たちがいつもは出したことのない声を上げながら僕の周りを取り囲んだ。その猫たちをなだめるように、片手で猫たちを撫でながら、片手で後頭部の痛みをさすった。いつの間にかベッドに横になって、激しい雷雨を聞きながら、眠り込んでしまった。
さっき起きて、ニュース記事を見た。昨日の雨で、神戸の都賀川で増水し、急すぎる濁流が子どもらを流したそうだ。何名か亡くなったそうだ。都賀川と言われてもピンとこなかったが、このニュースの中には、流された子どもらは民間学童保育「どんぐりクラブ」だったという内容が……。
かつて何度も足を運んで、子どもたちとプロレスごっこをして、蹴られたり、ちゃぶ台の下敷きにするとなぜか喜ばれたり、おかしなあだ名をつけてもらったり、大人も集まって田んぼを借りて米作りをしたり、琥珀亭のおいしいケーキを食べたり、みんなで泊まったり、立派な指導者の森末さんたちがいた、あの六甲のどんぐりクラブだ。間違いない。
阪神淡路大震災のときには、途中から現地まで歩き、子どもたちには玩具を、大人には日本酒を持って行ったが、
「この日本酒は灘産やね(苦笑)」
「子どもらはそんな難しい玩具イライラするだけかもよ」
「玩具屋さんが廃品としてゴミ捨て場に出した玩具を集めてきて遊んでるよ」
「子どもらの中には家が潰れた子もいるけど皆元気よ」
なんて言われて赤面してしまって、お菓子などを振る舞われて、どっちが被災者なのかわからない感じだった。地震で、普通は2階建てなら1階が潰れるものなのに、「なぜか2階だけが潰れて、下(1階)のもの全部運び出したよ」って言っておられたなあ。
当時の子らは、成人して大丈夫かもしれないけど、その子らのそのまた子らや、亡くなった大人に当時の子らや関係者が混じっているかもしれない。キャンプで、子どもたちが、鶏を〆て捌いて食べてた写真や、川で全裸になってる写真を見て「○○くん、キミはチンコ出し過ぎ!(笑)」なんて言ったら、なぜかすごく喜んでた子どもら。僕がトイレに行ったら覗きに来て「毛ぇぼーぼーやぁ!」と騒いでた子どもら、大好きな人と行って、「お兄ちゃんら、もうチュウはしたんか?」と冷やかしてケラケラ笑ってた子どもら。
当時なら、あんな護岸工事川でなにもしてなかったのになあ。ニュースで見たあんな川じゃあ、流されても掴まるところさえないよなあ……。護岸工事って、魚だけじゃなく人命も奪うんか? 監視カメラまである鉄砲水を想定した川なら、なんで市民が降りられるようになってるんや? ダムが上流の川みたいにサイレンとかないんか?
どうかまた、あの雰囲気、また取り戻してください。電話番号はケータイに入ったままですから。いつかまた行きますから。
どんぐりクラブの再起と、お亡くなりになった方たちのご冥福をお祈り申し上げます。

結果から先に書いてしまうとコレ。そう聞いても舐めてたんですが、ググったらかなりかな〜りな病なのですね……。昔なら檻入りモノですよね。要するにキ○○○扱いですよね。(※註:知らない人は今すぐググる)
この病はどうやら陽性と陰性とに分かれ、種類や要因も書かれてましたが、僕の場合は陰陽両方で種類は不明、要因はありすぎて果てしない。
まあ、普通あんだけ大発表みたいな、裁判みたいな感じで延々とおかしな話をしていれば、そうなるんでしょう。自分でも納得。
おかしな話は、後日憶えていれば、体力があれば発表します。人と話していくうちにだんだん増えてますので混乱中。それ話すと、「それはないで〜」って突っ込まれるから気づきました。「おいど〜!」って叫びながら自転車乗ってた女がいたとか、平井堅の歌を唄いながら近づいて来た自転車で歌うお兄さんがいて、「平井堅がだんだん近づいてくる!」と思ったが、ここ数年は全然知らない平井堅の曲なのに、あまりにもそっくりだったのでわかったとか。
以下、印象に残った医師との会話。
僕「ボスにこのメモ見ながら症状や出来事を説明したら、もう鬱病という枠じゃないんじゃない? 以前喋ったことがあるシャブ中並みだって言われましたよ」
医師「シャブ中っていうよりも(←「じゃなくて」などと否定はしてない……)、統合失調症ですね……」
僕「あ、そうですか(←「シャブ中」って言葉を医学的な言葉に置き換えずそのまま使われたことにやや驚き)」
医師「え? ネコ飼うてはるんですか?」
僕「はい(まさか3匹と言えなくて……夏)」
12年前から飼ってるのだが。その医者には10年通ってるんだが……。彼女と別れた、と言った時も、「え? (彼女)いてたの?」みたいな表情だったような。なんだか愉しい。病にはどうでもいいことだから僕はそれまで言わなかったのか、質問ぶつけてくれないと僕は喋らない口下手だからなのか。
ま、あまり可哀想な人の日記だと思わず、TPOに合わせてこれからもお読みください。
ところで今日何曜日?

かなり遅れて申し訳なかったですが、前回の日記を書いた2日後くらいに当該本人からメールが来ました。
「勝手に殺すな!w」
すんまそんすんまそーん!
こっちはほぼ大丈夫になったから次はキミの番、みたいに言われました。まだ無理っぽいッス……。さようならを言われるのは僕の方っぽい。
書けなかった文字。
心届くことなく架空で終わった文面。
変なところで几帳面だから、
どうしても達筆で書きたかった。
文字は、心を表すから。
タイムリミットが過ぎてから気づくこの愚かさよ、鈍感さよ。
右手の痺れは治療で回復しつつあるのに。
もうすぐ納得できる文字が書けそうなのに。
デスクトップに貼付けた、キミへ「手紙を送る」と書いたメモ書きがもう滲んでいる。
お互いに惚れてなんぞいない。
ただ、お互いを慈しむ気持ちだけが僕らを繋げていた。
どうか生きていてほしい。
重い心臓の病で癌手術のための麻酔ができなくとも、
尿が出なくて尿毒症でまた死にかけたとしても、
生きていてほしい。
なんて勝手なんだ俺は。
自分の周囲をこの前焦らせたばかりのくせに。
キミがあの彼に貰った花束等に敵うものがなく、
敵おうとも思わないけれど、
せめてあれに相当するくらいの喜びが再来したらいいな、と、
何度も自分で花の種を育てたけど、
芽が出ては枯れ、また枯れた。
うちのベランダは植物を育てるのには最低の環境。
今度こそ、一つ育ってきていたのにな……。
キミは、象の墓場へ行ったのか?
そこからでもいいから応えてくれないか?
「いつか」「きっと」は、果たせないだろう約束のための虚言なのかな?
僕の今からは、キミと自分に誓った言葉で埋め尽くされるのかな。
埋め尽くされて、僕は再び埋没してしまうのだろうな。
だけども、居なくとも、あの絆とキミが居た事実と時間は見失わない。
さようなら、大事な友だち。

















