【大阪タワー☆忘れたい人】
良心の呵責に苛まれ続けるブログです。



 ようこそお越し下さいました。どうもありがとうございます。ごゆっくりしていって下さい。
※ご読了後に、各記事の右下にある「拍手」ボタンを押してもらえるとぬか喜びします。読んでもらえてるんだ、と実感します。コメントなんて特に要りませんから、過去記事にもお気軽にクリックしていただけると幸いです(これは、あらゆるランキングとかアクセス解析とかに全く関係ありません。単なる自己満足です)。


スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
花は咲く
いいことないかな。
なんか好い事ないかな。

生きていればきっといいことあるさ、
と自称ポジティブな人が言う。

たったひとつの好い事のために生き続けるならば、
生き続けなければならないならば、
むしろたくさんの悪い事が全部なくなる方がいい。

でも、悪い事が何もない世の中や人生はきっと窮屈だろう。
ノーリスク、ノーリターンは退屈だろう。
ハイリスク、ロウリターン、それは希望というものだ。

希望より欲望しか要らない。
希望の象徴である花なんて要らない。
花を希望の象徴にする必要なんてない。

人生において花なんか咲かなくていいし咲かせなくていい。
人生が開花、なんて必要ない。
咲かせる必要がどこにあるというのだろう。
(人生が)美しく綺麗だから、それだけだろうか。 
美しく綺麗だけのどこがいいのかわからない。
少なくとも私の人生には要らない。

いつか花を咲かせるため?
それなら何も残さなくていいし、遺さなくていい。
命の連鎖なんかなくっていい。
花が咲きゃいいってのは、偏向教育の賜物か何かだろう。

昨年末の紅白での綾瀬はるかの歌にはジンと来たし、
メロディもいいと思う。
作詞が岩井俊二でさえなければ良かったのに。
歌詞の最後の一行があざといと感じなかったのに。


話が逸れた。
もちろん自分以外の人はこういうことを少しでも考えない方がいい。

人生を開花させることなく、させる必要などなく、
命や心の連鎖を拒み、
そんなものが何も関係ない所で私は永遠に命を閉じたい。
 
関連記事
copyright © 2007-2017 【大阪タワー☆忘れたい人】 all rights reserved.
全ての文章の無断複写複製を禁止します。
Powered by FC2ブログ. | Template by Gpapa.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。