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【大阪タワー☆忘れたい人】
良心の呵責に苛まれ続けるブログです。



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弟を葬る
 弟は、11年前に元同僚の披露宴に参加した翌日、父にも僕にも友人にも会社にも何も語らず残さず失踪した。東京都中野区で3ヶ月ほど生活した痕跡を残し、僕宛に印鑑と定期預金、免許証などあらゆる必要物と一緒に遺書を送りつけてきた。近所や同級生、親戚、父への幼少からの思いを恨み辛みとして綴ってあった。

 普通、失踪届けから7年経つと失踪宣告できるのだが、色々な事に揉みくちゃとなった僕はそれを放置していた。しかし、父が老いてきた事もあり、父方の叔父からの忠告を受けて失踪宣告手続きをする決心をした。絶対に必要だと思っていた弁護士も使わずに済むと教えられたので。


 7月5日(月)。実家がある市の役所へ行き、弟の戸籍謄本と住民票をもらい、その足で警察署へ失踪届けの証明書のようなものをもらった。警察官は、ため口以下の対応。まるで犯罪者扱い。
 それから家庭裁判所へ行き、失踪宣告の手続き用紙に凡例を参考にしながら記入。普段、文字を書き慣れてない僕としては上手く書けたと思う。

 8月6日(金)。別の家庭裁判所に行き、調査員に証拠材料や弟の性格から生い立ちなどを2時間たっぷり質問攻めされた。弟に死んでしまえとばかりに戸籍上死亡させるのが目的だった。しかし、最後に調査員が弟さんをどうしたいか?と問うてきた時に、自分の意表を突いて「会いたいです……」という言葉を涙声で漏らした。

 帰り際、母の遺言通りに母方のお墓に眠る母に報告した。街なかは、琵琶湖花火大会の見物客でごった返していた。世間がわいわいと楽しんでいる最中に僕はこんなことをしているなんて、まるで自分の生き方の不器用さを見ているようで、花火は虚しく夜空を照らし、ドンドン!という爆音が僕の心臓をいちいち揺さぶった。

 弟の事が成立するまで半年から1年はかかるそうだ。11年の歳月を経て、いま僕は見えない弟へ揺さぶりをかけている。本当ならば本当に会いたいんだ。誰の人生を恨む事なく。



◎松山千春「凡庸」


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