【大阪タワー☆忘れたい人】
良心の呵責に苛まれ続けるブログです。



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花火
 おばあちゃんは、いつもウインクをしているかのように片目だけつぶっていた。その訳を訊けば、伯母ちゃんが全盲の危機に陥った時に、お百度参りした神社で誓ったからだそうだ。
「私の片目は要りませんから、どうかあの子の目が見えますように」

 伯母ちゃんは全盲の危機を免れた。それからどっちの目かもう忘れたけど、おばあちゃんの片目は見えなくなったらしい。

「見えへん目を開けてもしゃあない(しょうがない)」
「見せてぇなぁ!」
 僕が無理に開けようとせがむと、痛い痛いと言ってははぐらかした。硬く閉じて全く開かなかった。手術したら治る、と言われても絶対にそれを拒んだ。神さんとの約束を忠実に守ってたんやな。でも、なぜかしらおばあちゃんのメガネには両方ともレンズが入っていた。

 おばあちゃんの楽しみはタバコ。11歳から吸っていた、と自慢するとお母ちゃんが眉をひそめて言った。
「あの時代にタバコ吸う女って売春婦くらいのもんやのに……」
「わしゃ、パンパン(売春婦)と違うで!」
 そう言ってケタケタと笑いながらお気に入りのecho(エコー)の煙を吹かした。


 おばあちゃんが死んだ年は、葬式の多い年だった。おばあちゃんより早くお母ちゃんが死んだし、お父さんの家具屋時代の親方も死んだ。親方は癌で死んで、棺桶をのぞいたら入院中と同じく今にもうめき声を上げそうな苦しそうな顔をしていた。一般的に言われる「成仏顔」とは程遠かった。

 おばあちゃんは8月の満月の夜に死んだ。お通夜は花火大会と同じ日。花火客の人手と打ち上げ花火の爆音とで、お坊さんが読経に集中できないほどそれはそれは賑やかなお通夜だった。
 おばあちゃんは、子どもが生まれない家庭へ養女としてもらわれていったのだが、その後にポンポンと子どもが生まれたらしい。それでも実の子のように大事に育てられたそうだ。その遠縁のオジサンが言った。
「おシカさんは、賑やかなんが好きやったからなぁ」

 お通夜が終わって棺桶を覗くと、おばあちゃんはそれまでの緊張が緩んだのか、とても成仏顔だったのか、神さんとの約束が終わったのか、初めて両方の眼をうっすらと開いていた。
 僕は見た。その両方の眼にはガラス窓に反射した花火の色が写っているのを……。おばあちゃんは花火を見たんやと思う。おばあちゃんの両眼越しに見た花火は赤色が一番綺麗だった。


 もうすぐお母ちゃんと合同の十七回忌の法要がやってくる。伯母ちゃん曰く、これで最後のお勤めになるそうなので、15年ぶりに法事とやらに参加してみる。たとえ他の親戚に「15年ぶりにノコノコ出てきやがって」と罵られようとも。
 さあ、echo持っていくべか。
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