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【大阪タワー☆忘れたい人】
良心の呵責に苛まれ続けるブログです。



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清原クンと桑田クン
きよはUo1_500



 先週は、YouTubeで清原選手の引退試合とセレモニーをずっと観ていた。「YouTubeでそういうのを観た」って書くのは云々言われるかもしれないが、それは無粋というもの。動画が落ちてたんだからしょうがない。それに我が家にはテレビもワンセグもWindows搭載パソコンもない。

 とにかく全部5回以上観た。僕は単純かつ、実は小1から筋金入りの野球オタクなので、予定調和の演出であったとしても泣けた。ただ、清原選手の周囲をくるくる回り出した長渕さんだけは、妙な動きに見えたが、あれはカメラワークが悪い。


 清原選手で思い出すのは、中学生時代に僕が燃え尽きた柔道部に在籍していた後輩の上田。上田はほんまにアホやった。休憩時間にフルチンで踊り出して皆を爆笑させたり、2点を取った答案用紙をわざわざ皆に見せたり。

 何気に皆で会話をしていた時に、「アイドルでは誰が好き?」って話になった。皆が当時のアイドル、女優などの名前を出していたら、突然、上田が話の輪に挙手をしながら割り込んで来た。

「はーい! はーい! 僕も好きなアイドルいまーす!」
「いきなり飛び込んでくんな!(笑) ほんでオマエは誰が好きやねん?」

「清原クンと桑田クン!!」
※ 一同爆笑

「“クン”はやめろ! “クン”は!(苦笑) せめて、清原さんか清原選手って言え!」
「だって~。カッコいいんやもん!」


 当時、PL学園の選手として甲子園を賑わせていた2人。野球が大好きと公言する前田が憧れるのも無理はない。無理はないけども1年生だった上田が、あまりにも言葉遣いや礼儀を知らないので再三注意した。

「俺(当時2年生)はかまへんけど、3年の先輩にタメ口はやめろ」
「だって、どう言うたらいいのかわからんもん!」

「M先輩(3年生)だけ“先輩”って呼ぶのに、なんで俺は“クン”やねん!」
「M先輩は同じ町内やもん!」

「オマエ、柔道着洗えよ! 納豆くさいねん!」
「持って帰るのめんどうやもん!」

 3年生の先輩たちは上田にはお手上げ状態で、中体連の県大会が終わり部活を去る際に、「上田は大変やろけど頑張れよ(笑)」「オマエ、上手いこと部員集めすぎたな(笑)」などと言われた。新入部員が5名も入れば多いほど人気がない柔道部で、僕は見学に来た新入生を褒めちぎって笑わせて20名以上集めてしまった。先輩らが集めろって言ったくせに(苦笑)。

 とにかく部長(主将)に選ばれてしまった僕は、県大会の地区予選をギリギリ通過するのがやっとこさなウチの柔道部をなんとかしたかった。で、スパルタ的なものに走る。ゴツい後輩もいたが、ヤワなのも多かったからだ。それに、県下でも1、2番にワルだと言われていた学校だったから、自衛策としても強くさせたかったのだ。


 話は逸れるが、僕が入学した当時は、漫画のビーバップハイスクールを彷彿させる不良たちばかりだった。同じ学年の不良らは、僕のことを知ってるので手を出そうともしなかったけど、3年生あたりは半分以上がえげつないヤンキーだらけ。歩いてるだけで知らないヤンキーに呼び止められたり、命令されたりするほど。
 僕は、万事に備えて学生服のポケットにロープ(首絞用!)やカッターナイフ、メリケンサックを忍ばせ、おまけにポケットに手を入れながら40kgのハンドグリップで握力を鍛えていた(笑)。幸い、同じ町内で3年の元気ハツラツなSクンが不良たちと談笑中に、僕を見かけたら笑顔で接してくれていたので、「Sが可愛がってる奴」として認知されてかなり助かった。数年後、Sクンは海外にて交通事故死したけども……。

 そんな学校だったのに、ある日、部活の顧問の先生(尊敬しているので「先生」。その他は「教師」)に諭された。
「おまえは素手で人殺せるような力と技、おまけに冷徹、いやキツい心まで持ってるから、絶対に喧嘩はするな!」

 仕方がないのでそれはずっと守った。喧嘩を売られても、笑いながら全て防御で相手が疲れてやめてしまうのを待った。授業中に抜け出して、不良たちの喧嘩トーナメント(?)を見学していても、僕は参加させてもらえなかった。それどころか、修学旅行先でのプロレスごっこ(といえど、かなり本気で大量出血してる奴もいた)でさえ、クラス一のワルに「レフェリーやってくれ」と懇願された。


 かなり話は脱線したが、要するに後輩らには自分は強いという気持ちと、柔道というキツくて厳しいことをしている誇りを持たせたかった。なのに、稽古中に疲れたら、ふざけて戯けて緊張の糸を緩めてしまう上田……。上田をしばくためではないが、いつしか僕は剣道部の竹刀を持ち出して皆の稽古をつけた。竹刀でしばいたら泣いてしまうようなのもいたが、実は竹刀ってのは喉に突きでもされない限り、いつも畳に投げられている人間にとっては全然痛くない。僕も警察官が主催してる柔道サークルにおいて竹刀でかなりしばかれたけど、冬場の凍り付くような畳に投げられる方がよっぽど痛い。だから、プロレスラーが竹刀でしばかれて痛がるってポーズはちゃんちゃらおかしい。


 そこで上田。竹刀でしばいても鼻歌を歌い出すし、平気な素振り。彼はデブなのに恐ろしいほどカラダが柔軟で、遊びで誰かがプロレス技の逆エビ固めをかけても、両肘をつきながら口笛を吹いていた。「お腹を殴られても痛くない」と豪語するので後輩がグーで殴ると、ポコーンと厚いお腹の脂肪と妙に硬い皮膚と筋肉が、ショックを吸収してしまう特異体質だった。
 あまりにやる気もなく、稽古中に堂々とサボりだした上田にキレて、今度は木刀でその腹をボコボコに殴ったこともある。さすがに腹以外を殴ると危ないのでそれ以上はしなかったが、木刀よりも僕がブチギレたことに恐怖を感じて上田は泣き出した。

 それ以外でも何かにつけて泣く度に、上田はいっつもいっつも言うた。
「いいも~ん! 僕、野球部行くも~ん」
「プロ野球選手になるも~ん」
「柔道なんてやめるも~ん」

 その言葉に後輩たちが言うた。
「オマエなんかが野球できるか!」

 僕は言うた。
「辞めたきゃすぐ野球部に行ってまえ!」

 顧問の先生はこっそり僕に言うた。
「こういう言い方はあかんけど、あいつはある意味“本物”やさかいにそんなにムキになるなよ」

 僕は先生に問うた。
「それやのになんで普通学級にいるんですか!?」
「上田は野球部に行きたいらしいんで、転部させてやったらどうですか?」


 当時、転部や退部は御法度に近かった。内申書に「3年間○○部で活躍した」と書かれなければならなかったからだ。僕の言葉より先に、ふざけた態度を別の後輩に怒られたのかどうか知らないが、上田はキレて叫んで稽古場から出て行った。 
「いいもん! 僕、野球部行くもん!!」

 後輩たちはその言動に怒って追いかけて行こうとしたが、僕は「ほっとけ!」となだめた。しばらくして、「上田が野球部に入った」というのを聞いたが、どうやらそこでおちょくられて、邪険にされているとも聞いた。中学・高校の野球部員なんてのは、練習の合間に飯を食って勉強するようなスタミナと我慢の塊。例えればマラソンランナー。柔道部員は、それより短時間でみっちり稽古するけど持久力には乏しい短距離ランナー。落ちつきのない上田が野球部を辞めてしまうのは目に見えていた。


 ある日、稽古場へ行くと、誰かを取り囲んで後輩たちが何やら叫んで怒っていた。怒りの矛先は上田。柔道着を持って立ったまま、皆にどやされて下を向き黙っていた。
「一度辞めたら戻れませーん!」
「ワレ、何しに来たんじゃ!」

 僕が稽古場へ入ると、後輩たちが「上田が! 上田が!」と僕に訴えてきた。僕は上田に訊いた。
「また、柔道やりたいんか?」
「はい……」

「ほな早よ(道着)着ろ」


 喜々として「はい!!」 と叫んで着替えた上田は、挙手しながら畳の中へ飛び込んでくるくる回って走り出した。
「上田でーす! 柔道部の上田でーす!」

 ついさっきまで怒っていた後輩らも苦笑していた。



 卒業して、僕が高2になった頃、母校の近くの駅じゃなく、珍しく隣の○○駅から電車に乗ろうとしたら、改札口で上田を見つけた。声を掛けたらキョトンとしていたが、「俺や! 柔道部の○○や!」って説明したら思い出してくれた。
「あ……先輩、お久しぶりです」

 彼の話では、顧問の先生に就職先を紹介してもらって仏壇を作っていると言う。「オマエの方が先に社会に出て仕事して偉いのう」って言ったら、エヘヘって感じで照れながら頭をボリボリ掻いた。


 それから何度かその駅で上田に偶然会うことがあった。
「あ! それ最新型のウォークマンやんけ」
「うん。いや、そうですよ」
 
「お。ちゃんと敬語しゃべれるようになったやん」
「はい」

 そう言いながらまた頭をボリボリ。ウォークマンで聴いている曲が気になったので訊いた。
「誰の歌、聴いてるの?」
「トシちゃん!」

 ズッコケている僕に、録音したカセットテープのケースを見せてくれた。ケースの背中には見事なまでの縦書きで、








 と書いてあった。「俊」の文字が、見たこともない造形だったけども……。

「へぇ、これはどんな曲?」
 訊くと彼は説明してくれたが、僕の知らない曲だったので、説明は面倒だとばかりに電車内で歌い始めた。
「こら上田! ちょっと声がデカ過ぎるって!(赤面)」

 歌声のボリュームを下げた上田に、どんどん訊いたら延々と歌ってくれた。僕が先に降りる駅に到着した途端、上田は言った。
「え~!? もう~?」

 電車の速さにブーイングした上田。オマエは面白い奴だったよ。




 上田、上田。
 オマエの大好きな清原クンの引退式ちゃんと観たか?
 俺が泣けたくらいやから、オマエは大泣きしたんちゃうか?
 若くして社会に出たオマエはなんだか少し窮屈そうやったな。
 職場の人たちと仲良く出来てるんかな?
 俺はもう無理しても駄目っぽいけど、オマエはあのまま元気でいるんかな? いや、元気でいろ! これは先輩からの最後の厳命や。
 世間の風は冷たいやろうけど、きっとオマエは明るいオマエでいてくれてると信じてる。

 なぁ上田。あの頃は楽しかったな。
 オマエがいてくれたおかげや、なんて言うたらまた照れるんやろ?
 でも、ほんまにありがとうな。
 皆の好きなアイドルはたぶんオマエやったんや。
 上田。いつかまたあの駅でオマエに偶然会いたいぞ。
 その時はちゃんと俺のこと思い出してくれよ。
 そしてまた歌ってくれよ。

  
 

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