【大阪タワー☆忘れたい人】
良心の呵責に苛まれ続けるブログです。



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鼻たらしの少年
 鼻水をたらしてる子どもを今では全く見なくなった。僕の幼少時代もほとんど見たことがない。


 強烈に憶えている子が1人いた。幼稚園のとき、同じ組だった堀井くん。1年中、鼻水をたらしていた。それも黄色い鼻水。
 言っちゃ悪いが、堀井くんはちょっと頭がゆるかった。身体測定のときも自分では着替えられず、僕が密かに憧れていた西田さんという女の子に手伝ってもらったり、鼻水を拭いてもらったりしていた。

 西田さんは、堀井くんの近所に住んでいたので、ひょっとしたら堀井くんの親に頼まれていたのかもしれない。それでも、献身的に堀井くんの手を引いたり、世話をしてあげている姿は幼い僕の心にキュンときた。そして、そんな堀井くんがうらやましかった。
 僕もいつしか西田さんだけに任せていては切なくて、ことあるごとに堀井くんに声をかけたり、休み時間に堀井くんを誘ったりした。西田さんに気に入られたい、という気持ちもあったかもしれない。



 小学校に入学して、堀井くんと同じクラスになった。堀井くんは、テストではほとんどいつも0点。言い方は悪いが勉強以外でもアホ過ぎたので、逆に誰も彼をいじめる子はいなかった。むしろ放置状態。
 僕はといえば、給食が終わって休み時間になると、いつも校舎や校庭を独りでうろちょろしていた。この頃から孤独が好きだったのかもしれないし、人と打ち解けることができなかったのかもしれない。
 でも、堀井くんには時々話し掛けるようにしていた。西田さんは違うクラスだったし、彼女に気に入られようとかそういうのは抜きで、彼を励ましたり、いろいろ教えてあげたりした。
「堀井くん、鼻! 鼻!」
 そう言って注意すると、自分で拭けるようにもなっていた。これは奉仕とか可哀想とかそんな気持ちではなく、なんとか勉強とかに着いていこうとして失敗ばかりする堀井くんが、当時は泣き虫だった僕の同士のように思えたからだ。



 小1の終わり頃、僕は転校することになった。先生がクラスメイト全員に、僕宛のメッセージを書くよう1冊のノートを巡回させた。そのノートを持って僕は新天地へ行った。
 滋賀県の北部へ転校してしばらく経ってから、思い出したようにそのノートを開いてみた。皆、他愛もないことや絵がズラズラと綴られていただけだった。印象の薄かった僕だったからしょうがない。何も書きようがなかったのだろう。
 だけど、堀井くんが書いてくれたのだけは強く印象に残っている。ひらがなもマトモに書けない堀井くんが、口数もほとんどない堀井くんが、誰よりもいっぱい一所懸命の文字を書いていてくれた。全部を解読するのは無理だったけど、「ありがとう」の字がいっぱい綴ってあった。
 たぶん僕が感傷的になったのは、あれが生まれて初めてだったと思う。残念ながら、母親が不注意でそのノートを捨ててしまったんだけど今でも忘れられない。



 僕は堀井くんが好きだった。ありがとう、さようなら、元気でね、たとえ独りぼっちになっても巧ましくね、がちゃんと言えなかったのを後悔している。
 堀井くん、今頃どうしているだろうか。鼻水を拭いたり注意してくれる人は見つかったかなぁ。
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