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【大阪タワー☆忘れたい人】
良心の呵責に苛まれ続けるブログです。



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お父さん
 昨日、友人の車で滋賀へ行った。オヤジが居る特養へ行き、気分転換にオヤジを実家へ帰らすためだ。

 僕が外出手続きを済ませてオヤジの部屋へ向かうと、ヨボヨボのオヤジが左足を90度曲げながら、いつものオヤジとは違うスピードでこちらに向かって歩いてきた。自分が建てた家に一時でも帰れるのが嬉しかったのだろう。

 車に乗っている最中は何も喋らないオヤジ。僕より遥かに無口なオヤジ。食べたいと言っていたバナナを2本食べさせた。特養でもバナナは食えるのだが、量が少ないらしい。おぼついた手でバナナの皮をむき、喉につかえそうなくらいに頬張った。

 昔、好物だった枇杷も食べさせた。皮をむいてまるごと口に入れ、種を出していた。仏壇に供えた2個以外をあっという間に平らげた。

 枇杷を持って墓参りに行こうと言ったら、すぐ賛成してくれた。手摺など、どこかに掴まらないと杖があってもまともに歩けないオヤジ。少しでも段差がある所は、支えていないと後ろに転ぶ。もちろん地べたに座れず、座れても立てない。

 おぼつかない足取りでようやくうちの墓まで辿り着き、墓石に水をかけようとしたが、上まで腕が上がらない。代わりに僕が水をかけた。手を合わせていたオヤジは、いったい何を祈っていたのだろう。早く来るだろうと思われる「いずれ」の、自分が納まる場所に何を思ったのだろう。

 4月より確実にまたさらに衰えていた。もうそろそろ家に帰るのも困難だろう。たった1時間ほどの外出だったのに、オヤジはヨロヨロとベッドの上を這ってゴロンと寝転び、「おおきに」と言いながら手を振って眠ってしまった。あんなちょっとの運動量でこんなに疲れるんだなぁ。

 大阪へ戻り、仕事場へ行き、作業をして帰宅した。睡眠薬を飲んで眠ろうとしたが、3日前からなかなか眠れず。落ち込んだ今を紛らわそうと電話などをしたら、逆に叱咤されさらに落ち込んだ。

 お腹がすいたので、手持ち分でなんとかラーメンを食べに行った。やってはいけない睡眠薬を飲んでからの徘徊をまたしてしまった。オヤジのことを思い出しながら……。

 思い出したのは、強くて怖かった頃のオヤジ。旅行に一度も連れて行ってくれなかったけど、魚捕りや虫捕りには連れて行ってくれたオヤジ。泥まみれになって仕事から帰ってきて、浴槽を垢だらけにしていたオヤジ。肉体労働で腹ぺこのはずなのに、安物のオカズで晩酌していたオヤジ。阪神が好きなくせに、テレビでは巨人の試合ばかり観ていたオヤジ。僕を褒めてくれたことは一度もないけど、一度も貶さないオヤジ。母さんがオヤジに対しての怒りを弁当に表していた頃、ちくわと梅干しのオカズだけでも文句を言わなかったオヤジ。母さんが死ぬ間際に、仲違いしていた母の姉妹を倉敷の病院へ連れて来て対面させ、「あんた、初めて私にいいことしてくれたな」と言わせたオヤジ。母さんが骨壺になって帰宅した時に、仏壇の前でひっそりと独り泣いていたらしい親父……。僕よりデブだったのに今はガリガリになったオヤジ……。

 僕はラーメンをすすりながら、「お父さん」と呟き涙をこぼし、帰り道も「お父さん」と涙を拭きながら家に帰って寝た。僕は、父方すべてを憎んで数年前まで生きてきた。母さんを苦しめたのも、弟が行方不明になったのも全部父方のせいにしてきた。許すということができるようになったのが遅すぎた。お父さんへの親孝行に気づくのが遅すぎた。バナナくらいしか食べさせてやれない情けない息子でごめんなさい。人に誇れるような息子じゃなくてごめんなさい。

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