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【大阪タワー☆忘れたい人】
良心の呵責に苛まれ続けるブログです。



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古田くん
※これは、今年の1月1日に書いた年賀状用の文面です。


 柄にもなく最近はよく読書をする。活字媒体の仕事をしているくせに、活字を読むのが嫌いな僕なのだが。
 高校を卒業してから10年以上は、高校時代の友人・モリケンの家で大晦日と元旦を過ごしてきた。今回の大晦日は観たい格闘技の試合もないので久しぶりに「正月の実家」とも呼べる彼の家へ行った。普段の通勤で電車を利用しているが、乗っている時間は10分弱なので読書はしない。今回は1時間半くらい乗っているだろうから、あれだけ敬遠してきたリリー・フランキーの『東京タワー』を持ち込んで読書で時間を潰した。
 帰宅途中も続きを読んだのだが、“リレー”って単語が出てきた時に僕は思い出すものがあった。


 小学3年生の頃だったか、いつの間にか普通クラスに養護クラスから編入してきた男の子がいた。名前は古田くん。足が悪いだけだったから普通クラスに編入しても学力にはなんら問題はなかった。
 古田くんは両足を引きずるように歩いていた。チンバとかビッコのレベルじゃない。彼が歩いている付近は、ザッザッという激しい足音がした。

 古田くんを強烈に憶えているのは、運動会に付き物のクラス対抗全員リレーでのこと。僕は一度も彼と同じクラスになったことは結局なかったけど、リレーの順番で古田くんのいるクラスがもめたことは容易に想像できる。
 一番最初に古田くんを見た時は、彼がリレーの順番で真ん中ぐらいだったと思う。全員リレーとは皮肉なもので、どんなに足が遅い奴でも駒として使わねばならない。古田くんを真ん中に据えたそのクラスは、彼の周回遅れにより見事ベベタ(ビリ)になった。
 彼の走る姿は、お世辞にも格好いいわけではなく、たぶん下半身だけの動きを見ていたら、エイリアンのようだった。

 翌年ぐらいから、古田くんは何故かリレーのアンカーに選ばれていた。周回遅れの彼を皆で拍手で迎えるのが恒例となった。僕はその雰囲気が反吐が出そうなほどイヤだった。余興のおまけみたいに晒し者にされている彼が不憫だった。たぶん古田くんのいるクラスは、彼の意向も聞かずに、「どうせベベタになるんだから」くらいの気持ちだったんだと思う。皆に拍手される彼を想定したりした、担任教師もあざといと思う。でも、古田くんは文句も言わず、いつも走り続けた。本当なら次の人にバトンを渡す役目とかしたかったろうに。

 中学時代からだったか、古田くんがリレーのトップを走らされるようになった。明らかに最初にマズいものを出して後半に追い上げようとする意図が見えた。アンカーとかトップじゃなくて、たぶん彼は自分の好きな順番に、重責を担うことなく走りたかったろう。トップランナーになってからの彼は、拍手さえも受けることなく捨て駒状態だった。

 古田くんの走りをよく見ると、足の裏をほぼ使わずほとんど足の甲とつま先で走っていた。僕はそれをすごいと思ったので、なにかにつけて古田くんを見かけたら、彼をかまうようになっていた。古田くんもなんかニヤニヤしながら僕にチョップみたいなことをしてきた。面白い奴だった。それから卒業後の彼の行方を僕は知らない。


 僕は、古田くんみたいに重責を担わされたり晒し者にされても、あるがままを受け入れて、自分の役割を全うできる人間になりたい。彼はハンディキャップを背負っていたけど、最後まで走り切る人間だったし、それを自慢げにしたことはなかった。なんでか今、彼に拍手したい気持ちでいっぱいである。

 周回遅れでもいい。きっと彼は今もどこかで走っているんだ。そう思うとなんだか力が湧いてきた。そんな新年の決意。あけましておめでとうございます。
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