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【大阪タワー☆忘れたい人】
良心の呵責に苛まれ続けるブログです。



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教室の窓から見えたもの
 僕がいた小学校は、新築住宅のラッシュで年々児童が増えて、それに伴い校舎もだんだん増やされていった。増やされるのはしょうがないのだが、それまでの間、プレハブの校舎で1年過ごしたこともある。

 思い出せる小学校の景色で、新築された鉄筋コンクリートの校舎はほぼ皆無。木造の旧校舎ばかりが思い出せる。記憶にも残らない場所を作り出すのって、浅はかな当時の日本人の手段だ。今もあまり変わらぬが。しかし、木造の校舎は階段の手すりの感触や、廊下の木目の感じまで思い出せる。
 もう旧校舎はすべて取り壊されたそうだが、本当にいいものは心から取り壊すことはできない。愚か者たちが、どんなに味も素っ気もない鉄筋コンクリートをその上に建てたとしても、その下にあった思い出だけは、僕が生きている限り、この心から消すことはできまい。


 鉄筋コンクリートの中で起こった出来事は憶えているが、その景色が思い出せない。思い出せるのは、4階の教室から見た窓の外の景色だけ。運動場と田んぼと林だけ。
 周囲がほぼ田んぼで囲まれていた学校には、よく気球が飛んできた。一度、運動場の向こうの田んぼに不時着したことがある。ぎゃーぎゃーと授業中なのにみんなで騒いだ。先生も授業を中断してそれを見ていた。

 不時着したまんまの気球。なかなか飛べず。とうとう先生は授業を再開した。みんなも飛ばない気球には次第に興味が薄れて、やがて窓の外を見る者もいなくなった。
 これってなんだかニュースや事件に似てる。あるものをないもののようにして、自分の都合だけを押し進めてゆく姿勢。僕らは鉄筋コンクリートの校舎で、ヤなことを訓練されて育てられたのだと気づく。

「あ! 飛んだ!」
 一人待ちわびていた僕が声を上げると、みんなが一斉に再び気球を見た。やがて見えなくなってゆく気球にみんなはまた元通り静かになった。絶えるわけではないものが、再び飛び立つのをずっと待っていたのはたぶん僕だけだった。気球が飛んで行った方向をずっと見ていたのはたぶん僕だけだった。


 また僕の景色に不時着する気球が見えることがあるだろう。手の届かないところからでも僕は、きっと空へ舞い上がるのをずっと願ってる。
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