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母さんは、おばあちゃん家の近所では「キミちゃん」というあだ名で呼ばれていた。
母さんの母親、すなわちおばあちゃんは母さんのことを、「キミコ」と呼んで可愛がっていた。キミコって名前じゃないんだけども。
僕が初めて就職した二十歳の頃、会社の寮としてマンションの一室をあてがわれた。大淀町スカイハイツの8階の同じフロアには、当時参議院議員だった横山ノックさんが住んでおられた。テレビで観ていた有名人と同じマンションの同じフロアに住んでるなんて、僕には自慢のタネだった。
エレベーターでよく一緒になったノックさん。犬の散歩のためか帽子をかぶっているけど、一目でわかるたたずまい。僕は知っているくせに「何階ですか?」と訊くと、それはそれは丁寧な挨拶をしてくださった。近所付き合いのためとはいえ、あそこまで低頭できる人を僕は他に知らない。しかも当時のヒョロヒョロの若造の僕に。
母さんが“メニエール氏病(メニエール病)”だと診断されてから、僕のところへ来る機会があった。ベランダから見える大阪駅付近のビルを指差して、
「あれがマルビルであっちが淡路島」
などと言って借家というか寮なのに誇らし気な僕。左の方を指して、
「あそこにもうすぐスカイビルっちゅうのができるんやで。ビルとビルが繋がってそこに空中庭園ってのができるんやて」
母さんは、当時すぐ咳き込むくせに相変わらず大食漢。
「なんか食べに行こうかぁ。お腹すいたわぁ」
給料が手取り12万円くらいだったから、ご馳走もなにもなかったので、母さんの好物のうどんを食べに行くことになった。なにわ筋を歩いて福島駅の方へ向かう途中、大阪タワーの前に差し掛かった。
「お母さん。あれ大阪タワーっていうんやで。知らなんだやろ?」
「昇れるんか?」
「昇れるけど、こんなん低い低い。もうすぐ空中庭園ができるさかいに、こんなとこ昇っとく必要あらへんわ」
今、考えれば昇っておけばよかったと痛感する。周囲のビルやマンションよりも低くなってしまったけど、きっと僕たち親子にしか観られない景色が広がったのだろう。共有できる想い出も一つ増えたろうに……。
母さんと僕は、福島駅前にある『力餅食堂』という名のうどん屋さんへ入った。
「かちんうどんください」
「それなんや?」
「カチカチに焼いたお餅が入ってるんや。力うどんみたいなもんや」
「ほな、アタシもそれ」
この頃からだろうか、母さんはやたら僕と同じものを食べたがった。“味の共有は人生の共有だ。未練という名の飯粒を残してはならない”という意識があったのだろうか。その後に発覚した末期の肺癌のせいで咳き込んでいたのに、ツルツルぐいっと熱いうどんを食べ干してしまった母さん。
「こんな熱いのに、ようそんなに早よ食べるなぁ」
半ば呆れる僕に、
「慣れや、慣れ」
と言ってニコリ。
「そんなん無理やわぁ」
悲鳴を上げる僕。
「ゆっくり食べぃや。真似せんでええで。自分のペースで。うどんは逃げへんさかい」
なんだか今思うと人生訓のような言葉だった。
今日、大阪タワーを撮りに行った。もうすぐ解体されるそうなので、シャッターチャンスはこの連休中しか無いと思って……。
駅前を歩くと、『力餅食堂』がお店ごと無くなってしまっていた。何度探しても跡形も無い。嗚呼、もう一度食べたかったな、かちんうどん。大阪タワーは、とうの昔に昇れなくなったし、ここらへんで母さんと食べたかちんうどんも味わえない。タイムスリップを期待した自分が愚かで哀れだった。後悔する前に、目の前にある山を登ったり、タワーに昇ったりすべきなのだ。チャレンジは早い方がいいし、思い立ったが吉日なのだ。
とにかく大阪タワーを撮って撮りまくった。動画も。











↑飛行機、ファインダーの中へ飛んできた。











【動画1】
【動画2】
【動画3】
周囲の建物の高さに、軒並み抜かされてしまった大阪タワー。まるで若い衆に抜かされまくっている自分を観ているような気持ちになった。撮りながら夕日がやけに綺麗だったので、鼻歌まじりになっていた。
“おおさかにもあったんだぁ こんなきれいなゆうひが〜 うれしい〜な キミにみせ〜たいな キミはげんきかな〜”
もちろん「キミ」とは母さんのあだ名のことである。
撮り終わって、お腹がすいたので駅前のマクドナルドにでも行こうかと思っていたら、去年はすっかり常連にさせてもらった、JR神戸線の高架下にあるおでん屋さん『どにを』が開いていた。この連休中によくも僕のために!って感じだったけど、店主に訊くと、
「昨日来られた老夫婦が“明日も来る”って言わはったから」
なんとも気のいい店主である。
店に据え置かれたテレビには、プロ野球の阪神対横浜戦が流れていた。
おでんの大根とタケノコと牛筋とちくわ、それに冷蔵庫から取り出し自由の200円のカツオのたたきを頬張りながら、生ビールをぐびぐび。阪神は結局、クルーンに抑え込まれて負けた。いい天気だし観たかったな。横浜ファンのマイミクのようこさんは球場に足を運んでいるだろうか、などと思った。
しばらくしてニュース。
「横山ノック前大阪府知事が今朝亡くなりました」
店主が驚いているのでテレビの画面をあわてて観た。
「へ〜、ノックさん亡くならはったんですねぇ」
と唸る店主に朴訥な僕は呟いた。
「実は昨夜、ノックさんの夢見たばかりですわ……」
今日はきっと想い出の一つにケリをつける日だったんだ。
大阪にもあったんだ。
大阪にあったんだ。
大阪タワーにあったんだ。
僕の想い出と未練が。
母さんの母親、すなわちおばあちゃんは母さんのことを、「キミコ」と呼んで可愛がっていた。キミコって名前じゃないんだけども。
僕が初めて就職した二十歳の頃、会社の寮としてマンションの一室をあてがわれた。大淀町スカイハイツの8階の同じフロアには、当時参議院議員だった横山ノックさんが住んでおられた。テレビで観ていた有名人と同じマンションの同じフロアに住んでるなんて、僕には自慢のタネだった。
エレベーターでよく一緒になったノックさん。犬の散歩のためか帽子をかぶっているけど、一目でわかるたたずまい。僕は知っているくせに「何階ですか?」と訊くと、それはそれは丁寧な挨拶をしてくださった。近所付き合いのためとはいえ、あそこまで低頭できる人を僕は他に知らない。しかも当時のヒョロヒョロの若造の僕に。
母さんが“メニエール氏病(メニエール病)”だと診断されてから、僕のところへ来る機会があった。ベランダから見える大阪駅付近のビルを指差して、
「あれがマルビルであっちが淡路島」
などと言って借家というか寮なのに誇らし気な僕。左の方を指して、
「あそこにもうすぐスカイビルっちゅうのができるんやで。ビルとビルが繋がってそこに空中庭園ってのができるんやて」
母さんは、当時すぐ咳き込むくせに相変わらず大食漢。
「なんか食べに行こうかぁ。お腹すいたわぁ」
給料が手取り12万円くらいだったから、ご馳走もなにもなかったので、母さんの好物のうどんを食べに行くことになった。なにわ筋を歩いて福島駅の方へ向かう途中、大阪タワーの前に差し掛かった。
「お母さん。あれ大阪タワーっていうんやで。知らなんだやろ?」
「昇れるんか?」
「昇れるけど、こんなん低い低い。もうすぐ空中庭園ができるさかいに、こんなとこ昇っとく必要あらへんわ」
今、考えれば昇っておけばよかったと痛感する。周囲のビルやマンションよりも低くなってしまったけど、きっと僕たち親子にしか観られない景色が広がったのだろう。共有できる想い出も一つ増えたろうに……。
母さんと僕は、福島駅前にある『力餅食堂』という名のうどん屋さんへ入った。
「かちんうどんください」
「それなんや?」
「カチカチに焼いたお餅が入ってるんや。力うどんみたいなもんや」
「ほな、アタシもそれ」
この頃からだろうか、母さんはやたら僕と同じものを食べたがった。“味の共有は人生の共有だ。未練という名の飯粒を残してはならない”という意識があったのだろうか。その後に発覚した末期の肺癌のせいで咳き込んでいたのに、ツルツルぐいっと熱いうどんを食べ干してしまった母さん。
「こんな熱いのに、ようそんなに早よ食べるなぁ」
半ば呆れる僕に、
「慣れや、慣れ」
と言ってニコリ。
「そんなん無理やわぁ」
悲鳴を上げる僕。
「ゆっくり食べぃや。真似せんでええで。自分のペースで。うどんは逃げへんさかい」
なんだか今思うと人生訓のような言葉だった。
今日、大阪タワーを撮りに行った。もうすぐ解体されるそうなので、シャッターチャンスはこの連休中しか無いと思って……。
駅前を歩くと、『力餅食堂』がお店ごと無くなってしまっていた。何度探しても跡形も無い。嗚呼、もう一度食べたかったな、かちんうどん。大阪タワーは、とうの昔に昇れなくなったし、ここらへんで母さんと食べたかちんうどんも味わえない。タイムスリップを期待した自分が愚かで哀れだった。後悔する前に、目の前にある山を登ったり、タワーに昇ったりすべきなのだ。チャレンジは早い方がいいし、思い立ったが吉日なのだ。
とにかく大阪タワーを撮って撮りまくった。動画も。











↑飛行機、ファインダーの中へ飛んできた。











【動画1】
【動画2】
【動画3】
周囲の建物の高さに、軒並み抜かされてしまった大阪タワー。まるで若い衆に抜かされまくっている自分を観ているような気持ちになった。撮りながら夕日がやけに綺麗だったので、鼻歌まじりになっていた。
“おおさかにもあったんだぁ こんなきれいなゆうひが〜 うれしい〜な キミにみせ〜たいな キミはげんきかな〜”
もちろん「キミ」とは母さんのあだ名のことである。
撮り終わって、お腹がすいたので駅前のマクドナルドにでも行こうかと思っていたら、去年はすっかり常連にさせてもらった、JR神戸線の高架下にあるおでん屋さん『どにを』が開いていた。この連休中によくも僕のために!って感じだったけど、店主に訊くと、
「昨日来られた老夫婦が“明日も来る”って言わはったから」
なんとも気のいい店主である。
店に据え置かれたテレビには、プロ野球の阪神対横浜戦が流れていた。
おでんの大根とタケノコと牛筋とちくわ、それに冷蔵庫から取り出し自由の200円のカツオのたたきを頬張りながら、生ビールをぐびぐび。阪神は結局、クルーンに抑え込まれて負けた。いい天気だし観たかったな。横浜ファンのマイミクのようこさんは球場に足を運んでいるだろうか、などと思った。
しばらくしてニュース。
「横山ノック前大阪府知事が今朝亡くなりました」
店主が驚いているのでテレビの画面をあわてて観た。
「へ〜、ノックさん亡くならはったんですねぇ」
と唸る店主に朴訥な僕は呟いた。
「実は昨夜、ノックさんの夢見たばかりですわ……」
今日はきっと想い出の一つにケリをつける日だったんだ。
大阪にもあったんだ。
大阪にあったんだ。
大阪タワーにあったんだ。
僕の想い出と未練が。
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