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【大阪タワー☆忘れたい人】
良心の呵責に苛まれ続けるブログです。



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最期の空の下
 帰り道、僕はどうしてもその場所を通らなければいけない。

 救急病院の入口の前を、レジ袋などぶら下げて通過する。そこにはいつも救急車が停まっている。救急車のドアが開いて、病人やらケガ人やらを目にすることも度々。
 患者の容態を知り、駆け付けた人たちが怒っている時もあれば、慌ただしく大声で携帯電話の向こうの人に状況を説明している時も。うなだれて下を向いているたくさんの人たちのなかには、両手を地面について嗚咽したり、壁を叩きながら号泣したりしている人もいる。
 ある時は、血まみれの担架を道路で洗っている救急隊員がいれば、裏口の狭いドアからひっそり棺桶が出てくることもある。今日は明らかに故人を迎えにきた服装の人たちがいた。でも僕は、それについていちいち驚いたりしない。眼鏡のレンズというフィルター越しのように、ブラウン管の向こうの別世界のように見えているのかもしれない。
 そんな場所を日常の一つとしてただ通過するだけの僕。今ここで、そして世界で、多くの人々が苦しみながら死んでいるのに、坦々と日常を消化する僕。だけど、昇華はできない。

 病院のゴミ捨て場の倉庫は、時折異臭を放つ。その異臭は、オヤジの入院時に散々嗅いだ糞尿や薬品の匂い。僕は、アスファルトやコンクリートの隙間から草や苔の生えている様子が好きなのだが、そのゴミ捨て場の周辺だけは草木一本生えない。余程の毒物があるのだろう。
 24時間引っ切りなしに鳴り続ける救急車の大きなサイレンにももう慣れすぎてしまった。しかし、ゴミ捨て場の悪臭とその大病院が屋上にある焼却炉で燃やしているであろう、摘出した人間の部位などが焦げる匂いだけにはいつまで経っても慣れない。吐きそうになるほどだ。

 病院は、新しい病棟が出来て立派になった(糞ヤブ医者揃いだが)。新しい病棟と古い病棟は、僕が通る道路を隔てて建っている。その道路をベッドに寝かせられたまま移動させられる、寝たきりの老人患者をよく見かける。
 晴天の青空の下にボロボロの入院患者が横たわっている光景は、何度見てもなんとも妙なシーンだ。きっと患者の老人たちにとって久しぶりの空の下だろう。僕には、その空を寝ながら見る患者たちの気持ちを理解しようとしても出来ない。ただ、病室の天井より青空の下はいいなあ、と思っているとは思えない。

 最近気づいたことがある。
 古い病棟に移されるのは、もうわずかなロウソクの火が消えそうな人ばかり。そして、棺桶が出てくるのも古い病棟からだけだ……。古い病棟へ移されることは、もう死ぬ前だからなんだろう。僕の亡き母も、臨終の1週間ほど前に別の部屋へ移された。起き上がれない、意識があるのかないのかわからない人ばかりの部屋に。

 5月15日。母の誕生日。昔は「母の日」と重なることが何度かあって、クリスマスや正月が誕生日の人みたいにやや悔しそうにしてた母の表情や言葉を憶い出す。今年、生まれて初めてカーネーションを買った。白いカーネーションは鉢植えなので高くて買えず、ピンク色の一輪を買った。
 母が最期に空の下へ出ていたのはいつだったか、思い出そうとしてもそれは憶えていない。かつてのことを考えながら、いつもの道路で老人患者のいつもの移動を見守る。あの人たちにとって最期の空の下になるであろう風景は、いったいどの様に見えるのだろうか。自分が間もなく昇って行く空に何を見るのだろうか。母のいる空に何があるのだろうか。


 時に、澄みきった青空さえもただただ切ない。
 
  
 
 
  
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ドラ猫が可哀想やなんて誰が決めたんや?
****遠い田舎の遠い昔の、おばあちゃんと僕の話。****

 順番がごっちゃになりますが、一話完結形式で載せていきます。
 パクリが横行している今日この頃なので、「友人まで公開」のmixiにはちゃんと書いていきますが、このブログには滅多に載せないと思います。





「おばあは優しいなあ」
「へぇ、どこがや?」

「ドラに餌あげてるやん。お腹減ってるし可哀想やもんな」
「ドラが、ドラ猫が可哀想やなんて誰が決めたんや?」

「でも、コイツらお腹すかせて毎朝待ってるやん……」
「ドラらは、自分が不幸やなんて思うてへん。少なくてもコイツらは自由業やにゃわ。ワシは偶然毎朝生きて起きられて、偶然ゴハンの余りもんがあって、たまたまコイツらのことを毎日覚えていてるだけや。コイツらかってワシとおんなじや」

「う~ん……。なんかおばあはやっぱり変わりもんやなあ」
「そや、変わりもんや。ほんでもな、そらあワシかて怪我や病気してる奴とか、餌にありつけへん弱い奴とかがおったら可哀想やとは思うで。でも、そいつらも自分なりになんとか生きとる。お金がないと生きられへん人間よりも、ひょっとしたらコイツらの方が幸せかもしれへんで」

 続けざまにおばあは言った。笑いながら、入れ歯の白い歯を見せながら。
「誰が不幸とか自分が不幸とか、そんなこと思うとるんは人間だけちゃうかいなあ。人間かて腹がペッタンコでメシ食う時は、そんなこと考えへんやろし。オマエもそうやろ?」
「ほんでも、僕は痩せとるドラは可哀想に見えるで……」

 まだ、いまいち納得できない表情をした僕の方に顔を向いて、おばあが諭すように言った。
「コイツら、人間よりも強(したた)かやんにゃわ。飢えとる時はそれなりに辛抱(しんぼ)して、ネズミとかの美味しい獲物をずっと狙(ねろ)うて、なんか捕って食とるさかいに。まあ食通やわなあ」
「ええー、ほんまかいな?」
 
 おばあが言うのを待っていたかのように、おばあの後ろの方でガリガリなドラのブチが早歩きで通り過ぎた。ぱたぱたと羽を動かすスズメをくわえて。

 「あ!」と言いながら指差す僕。おばあは指差した方を振り返ってから、ニタ~っとまた白い入れ歯見せた。


「ほれ! ワシのあげてるもんより、よっぽどごっつぉ(ご馳走)やで!」




  
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