【大阪タワー☆】
良心の呵責に苛まれ続けながら、消したい傷と残したい想い出を綴るだけのブログです。



※読了後は、各記事の右下にある「拍手」ボタンを押してもらえるとぬか喜びします。 読んでもらえてるんだ、と実感します。コメントなんて特に要りませんから、過去記事にもお気軽にプッシュしていただけると幸いです(これは、あらゆるランキングとかアクセス解析とかに全く関係ありません)。


帰ってきたサラダパン Salad Roll Returns&Sandwich
 サラダパンのつるやさんからご贈呈いただきました!
 ありがとうございます! ごちそうさまです!
 で、↓動画でご紹介だー。




 サンドウィッチは癖になる味なんだなー。
 サンドウィッチにマーガリンが使われてますけど、
 ↓こんな風に反対派が多いので改められることを希望します。
http://mixi.jp/view_community.pl?id=66118
http://mixi.jp/view_community.pl?id=859778


 とにかく、つるやパン最高ということで!

※このTシャツは、つるやパンのネット販売サイトで買えます。目立つこと間違いなし。
死亡事故ニュースで笑っちゃいけないんだけど…
 アホなので猿なので、mixiにてYouTube動画を掲載できる機能を活用しまくりです。昨日起こった事故事件のニュースだ。


◎スーパーニュース ミネアポリス橋崩落

※01:54頃からに注目









なにが「はい、わかりましたー」だ!(笑)
もっとマシな奴いなかったのか!?
その辺の日本人つかまえて、朗読させた方がマシなような……。
このフリージャーナリストのジェリー・フィッシャーって人、
「俺、日本語喋れるYO! まかせろYO!」
なんて売り込みしたんじゃないかな。

昔、大相撲の千秋楽での表彰状授与式で、
「ヒョー!ショー!ジョー!」
って叫んでたユニークなアメリカ人を思い出したよ。
ジェリーはそれ以下だな……。
余命1ヶ月の花嫁
 テレビ線そのものを繋いでないので、話題の番組を知らなかったり、見過ごす僕ですが、これは観たかったのでリンク貼っつけておきます。
 今「4 第三章 再発」まで観ました。今夜、お暇な方も一緒に観ませんか?



1 オープニング


2 第一章 発覚


3 第二章 出会い


4 第三章 再発


5 第四章 余命


6 第五章 結婚式 1/3


7 第五章 結婚式 2/3


8 第五章 結婚式 3/3


9 第六章 父娘 1/2


10 第六章 父娘 2/2


11 第七章 別れ 1/2


12 第七章 別れ 2/2


13 第八章 メッセージ





 結婚式と末期の組み合わせか……。
 泣ける要素満載すぎた。
 式のシーンでボロ泣き。

 乳がんから始まった以外は、すべてうちのオカンと同じ症状だった。 うちのオカンはモルヒネしたけど。 いっぱいあの咳して、背中さすってたなぁ……。 うちのオカンも「家に帰りたい」言うた。乳がんで ジョンおばさんを思い出した。

 太郎さんもすごいね。 すごいとしか言い様がない。周囲の皆さんも。太郎さんこれからどうすんだろう……。

 とにかくこのメッセージを受けて、女性の皆さんが乳がん検診をされることを願います。
じんりょうだんちへかえろ
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 余命1ヶ月の花嫁を観たからというわけでもないけど思い出したことがある。



 僕らの家族、両親と僕の兄弟は4人で神領(じんりょう)団地というところに住んでいた。2階建ての長屋が繋がったような建物。番地は、C-2-4。小高い丘みたいな場所に、無理矢理立てたようなオンボロの団地だった。
 
 僕の家は端っこで、他の家よりちょっとだけ庭が広かった。そこに親父がプラスチック製のトタンのようなものと木で、物置を兼ねた住居をほぼ勝手に増設して住んでいた。隣りはサカモトさん。そこの息子、ヒロちゃんが僕と同い年で、一緒によく遊んで泣かされもした。

 庭にはウサギ小屋を建て、たくさんのウサギが増えた。後に野良犬に噛み殺されたりして全滅したが。

 お風呂は木製だった。檜とかそんな上等な木じゃない。単なる木の風呂。僕が小1くらいに人並みのプラチック製の浴槽に変わったが。風呂は男3人でよく入っていた。僕はお風呂に入るとすぐ、尿意や便意を催すので、台所にいるお母ちゃんがあわてて便所に連れて行ってくれた。お父ちゃんは、曇った窓ガラスにアルファベットを書いて教えてくれたけど、僕はEかFくらいまでしか言えなかった。その頃はまだお父さん、お母さんという呼び方じゃなかった。「おとうちゃん」「おかあちゃん」だった。

 お父ちゃんに連れられて、瀬田川に仕掛けた魚の罠を揚げに行くのが楽しみだった。幼い頃は、お父ちゃんの自転車の前カゴに乗せてもらうのが面白かったのに、ちょっと大きくなってからは後ろに乗せられるようになった。小学校に上がるまで、「ピーターパン」という品名の、円が変形したようなハンドルの自転車に補助輪を付けて乗っていた。小1になってから急に、貰ってきた可愛気のない自転車に、補助輪なしで乗るよう練習させられた。

 瀬田の唐橋の近くにあった「マルキョー」という名のスーパーへ、よくお母ちゃんと弟と3人で買い物に行った。神領団地のバス停を渡ったところに川があった。綺麗な川にしかいないカワトンボがいっぱいいた。建部大社のすぐそばにクヌギの木が1本生えていて、よくカナブンとかがいた。
「カナブンとまってる!」
 そこを通るのを楽しみにしていた僕が言うと、斜面で危ないからとお母ちゃんがカナブン採ってくれた。僕はいつもぶら下げている虫かごにカナブンを入れた。スズメバチがおる時は、さすがにお母ちゃんも近寄れなかった。そんな時に限ってクワガタがとまっていたりしてお母ちゃんは悔しがった。
 マルキョーへ行くと、僕はオモチャ屋に一直線。アニメキャラの「超合金」をガラス越しに見て指をくわえた。なんだかんだ言って結局安い「ロボダッチ」のプラモデルを買ってもらっていた。
「お父ちゃんには内緒やで」
 お母ちゃんはタンスの一番下を、僕のプラモデル用に空けといてくれていた。いっぺんお父ちゃんに見つかって怒られて泣いた。
 マルキョーの帰り際にいつも肉屋で、扇形のハムを何枚か買うてくれた。僕はそれ以外のハムを食べてみたかったけど、いつも憧れのように見てただけ。

 お父ちゃんが仕事でいつも帰りが遅いから、3人でいつも晩ごはん食べてた。晩ごはんが終わった頃に、兄弟で戯れあって、結局いつもが泣いてた。タイミング悪くその泣いてる時にお父ちゃんはいつも帰ってきて、仕事で疲れてるからだろうけど弟に、
「泣くな!」
 と怒鳴っていた。それでますます弟は泣いた。

 雷雨の日は、2階へ上がってお母ちゃんと弟と雷を見てた。綺麗な雷の光に兄弟ではしゃいだ。
「今の! 落ちたんちゃうか?」
「落ちたやろなぁ」
「落ちたとこはどうなるん?」
「燃えて黒焦げになるんやで」
 たぶんそんな会話をしてたような気がする。

 2階では家族4人が川の字になって寝てた。弟がお母ちゃんのオッパイを触って寝てたから、僕は触らせてもらえず、お父ちゃんの乳首を摘んだり、ウルトラの母の人形を与えられて、
「それ触っとき」
 と、人形の乳を指で撫でていた。
 僕は目をつぶって寝るということを知らなかったので、いつも眠るまでに天井を見てた。いつの間にか目をつぶって寝てた。天井の木の模様が、その場所が永遠のように思えた。

 当時は大人気だった『ドリフの孫悟空』が観たいのに、弟が『バーバパパ』を観たいとゴネるので、近所に住んでいた母方の従姉兄の家まで夜道を1人で歩いたこともあった。従姉弟の家にはよく行ってた。お母ちゃんの妹であるオバチャンは言葉がキツい人だったけど、お母ちゃんはそのオバチャンと喋ってる時が一番楽しそうだった。その光景を端から見ているのが好きだった。

 和式便所だったので、幼い頃には足の幅が合わなくて、階段のそばにオマルを置いて、弟から順番にさせられた。アヒルのオマルだったので、それを「ガーガーちゃん」と呼んでいた。弟がそれに巻きグソをしたことがある。



 楽しい想い出もそこまで。小1の終わりに滋賀県のもっと北の方へ引っ越すことになった。父方の祖父母と暮らした。6人家族になった。お母ちゃんの方の祖母は、「おばあちゃん」と呼んでいたけど、お父ちゃんの方は、「おじいさん」「おばあさん」と他人行儀に呼んだ。一緒に住んでなかった頃から僕も弟も、その祖父母が人間離れした不気味さを醸し出しているのは感じていたけど、一緒に住んでますます不気味で怖かった。祖父母も僕らを懐柔させようとかそんな態度は一切なく、他の孫らが来た時だけ喜んだ。その祖父母と同じ屋根の下に住んでいたにもかかわらず、たぶんあの家では2人が亡くなるまでトータル1時間も会話してないと思う。喧嘩、罵声、怒鳴り声が毎日飛び交った。僕は耳をふさいだり、テレビの音を大きくしたりしてやり過ごした。

 祖父母は1階で、僕らは2階で暮らした。おじいさんは大きな女郎蜘蛛を捕まえてきて、家の壁に巣を作らせた。そしてトンボを採っては蜘蛛に与えるのが趣味の人だったので、近所から苦情や「気持ち悪い」だの言われた。
 僕らが晩ごはんを食べようとすると、決まっておばあさんが部屋に置いてあるポータブルトイレの汚物をトイレへ流した。バキュームカー以上の臭気が2階の僕らの食卓へ流れてくるので、家中の窓を開けるのが日課になった。

 おじいさんが当時で言う「痴呆症」でボケた時には、ますます凶暴化して筆舌し難い地獄のような毎日だった。全裸で脱走をするので、家中のドアに鍵を付けたら、「開けろぉぉぉぉぉぉ」といつまでも怒鳴る。それでも何度か脱走して、2度警察のお世話になった。捜索用のヘリコプターも飛んだ。ヘリの音を聞きながら僕は自転車で必死に市内中を捜した。その度、お母さんがいつも泣いて謝ってた。

 当時は僕も血の気が物凄く多かったので、おじいさんに怒鳴られた時にどつきまわしたことがある。平手だったけど人間を思いっきりしばいたのはあの時くらいだ。おじいさんは怒鳴り返しながら僕をビール瓶で殴ろうとしたけども……。僕も化け物のように筋力が強かったはずなのだが、軍人あがりは化け物以上に握力がすごかったのを憶えてる。

 おばあさんはお父さんと同じで、とにかく居眠りする人だったので、おじいさんが寝たきりになった時にブドウを皮ごとおじいさんの口の中へ詰めすぎて、窒息死しそうになってたとお母さんがあわてたこともある。とにかくおじいさんを施設か病院へ入れなければ危ないしもうお母さんもおかしくなりそうだったので、お母さんが右往左往して頼みに行っていた。こういう時、大手の政党の人らは大きな企業とかしか相手にしないし、公明党もソーカガッカイインの頼みしか訊いてくれない。ようやく助けに乗ってくれたのは共産党の人だった。

 おじいさんが死んだ時に、犬猿の仲であった父方の叔父叔母らが泣きわめいたけど、お母さんはおじいさんの着物を整えたりして奇妙なほど静かだった。やっと終わった、という気持ちもあったろうけど、ああいう時に泣きわめく人は、「ほとんど故人に何もしてやれなかった人」なんじゃないかと僕は思った。

 おじいさんが死んでも、おばあさんやその娘、息子にあたる叔父叔母らがいたし、母は休まる暇もなかった。そしていつの間にか末期の肺に。

 抗剤を受けながら、叔父叔母らが私を金縛りにあわせると、母は嘆いた。結局、倉敷市の病院へ入院が決まるまで、実家であるおばあちゃんの家で暮らしていた。おばあちゃんも痴呆が始まっていたので、髪の毛が抜けている母に向かって、
「なんで禿げてるんや?」
 などと言っちゃいけないことを言ってしまったりしてた。それで母は、家の中でも帽子をかぶるようになった。その後、生えてきた毛が全部白髪だったので、白髪を僕にしょっちゅう抜かせるほど気にしてた母は嘆いていた。

 母が希望した倉敷の病院へ行くのは死の旅だった。あらかじめ主治医に「春まで」と告げられていたから。僕も覚悟して会社を辞め、倉敷に暮らした。

 病院側は努めて明るかったが、母の具合が進行してゆくにつれ、母のお気に入りだった若くて綺麗な看護婦さんが母の病棟へ来なくなってしまった。酸素チューブを鼻に通したり、常に点滴とか痛み止めの機械をぶら下げたりするようになってたから。あまりにも痛いと言うので、いつも僕は背中をさすっていた。母が寝付くまで肩をとんとん叩きながら子守唄も唄った。

 痛み止めのモルヒネが効いていた頃は、あまりにも元気なので死ぬわけないとさえ思ってた。倉敷にそのまま永住しようとさえ思ってた。だって、高梁川(たかはしがわ)に大きなが2つも見えたんだもの……。

 ある夜、高梁川も見えない真っ暗な窓の景色を見ながら母はぼんやり虚ろに言った。
「かえりたい……」
「おばあちゃんの家か? 元気になったら帰ろな」
「じんりょうだんちへかえろ……。かえろ、はよ……かえろ……」
 モルヒネという痛み止めの麻薬のせいだろうが、僕が家はもうそこにないと言っても、母は神領団地が自分の家だと譲らなかった。幸せがあった頃の家に。
「おかあちゃん……」
 そう言ったきり僕は声が出せなくなった。



 春に母が死んでからその夏におばあちゃんが死んだ。母の遺書通りに、母方のおじいちゃんが眠るお墓に一緒に埋葬することになった。僕が骨壺を持って、父ではなく珍しく弟が車を運転をしてお寺まで行くことになった。
 国道1号線をまっすぐ行くコースから急に外れたと思ったら、弟が向かった先は神領団地の僕らの家があったところだった。もう誰が住んでいるのかもわからない昔の家の前に車を停めて、じっと眺めた。回想した。沈黙の中、母がモルヒネ中に言ったあの言葉を知らないはずの弟がふいに言った。
「お母ちゃん、神領団地に着いたで」
 


 さっき、神領団地があった辺りの地図を見ていたら、バス停を渡ったところにあったあのカワトンボの川の名が、字こそ違うが「高橋川(たかはしがわ)」だと初めて知った。ついでに、久しぶりに母の書いたノートを読んでいたら、
「人並みの生活をさせてやれなくてすまない」
 そう書いてあった。
 今も人並みではないし、これからもこんなんなんだろう。だからこれでええんよ、おかあちゃん。
自殺者の心理、半数が誤解…内閣府調査
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070804it11.htm

「自殺を口にする人は本当は自殺しない」は、大きな間違いと認識すべき。
結論(?)は、すっ飛ぶけども、「リアル播磨灘」になれなかった朝青龍をモンゴルへすぐ帰国させるべき。
朝青龍が出ない大相撲なんて、クリープだけのコーヒーだ。
マイミク縮小祭
 恒例のマイミク縮小祭を開催しました。今回大きく19 22人を外させていただきました。選考基準は以下の通り。

◎こちらの日記を読みにも来ない。
◎こちらの日記をウォッチしてるだけ。→ブログの読者になっていただきます。
◎リアルの仕事仲間。→ブログの読者になっていただきます。
◎日記面白くない。
◎日記書かない。
◎時間あるのに暇なのにログインしてない。
◎何も得るものがない。→これ、一番大きい。

 などなどです。今回は厳しく、古くからのリアルの友人やマイミクも、リア・ディゾンさんも本上まなみさんも、容赦なくぶさぶさと切りました。ご了承ください!
 まあ、こうやって種の保存血を濃くしてゆきます。

 最近の人らの使い方を見てると、mixiって「不定期・日刊年賀状」かよ!って思いたくなりますね。 それも一方的な……。 とにかく、生暖かく見られるのに飽きただけかな。 やはり、一方的に見られてもOKなブログとは違って、「友人まで公開」の世界ではそれなりの対価(?)が欲しかったのもある。こちらはスローカーブを交えながらも全力投球なわけですから、観客が観戦席でキャッチボールしてたり寝てたりしたらげんなりするわけです。
ビリーの虚言
「昨日なに食べた?」
「うどんだけ」
「うどんだけー?」
どんだけ〜!」
 

 おはようございます。
 IKKOという人の顔と名前が、先週ようやく一致した僕ですよ。名前を知りませんでした、ええ。「どんだけ〜!」って、IKKOの持ちネタ(?)だったんですね。ウィキペディアで見ると、「どんだけ〜!」を使い始めたのはFUJIRAWAの片割れらしいですね。 YouTubeでも吉本興業さんが公式にこんな動画をアップして必死ですね(冷笑)。どんだけ流行語大賞ほしいねん!(笑) これはオカマ本人が言うから面白いんだよ、吉本さんの中の人。
 とにかく「どんだけ〜!」の使い方のポインツがいまいちわからないんで、誰かご教授ください。あ、それとオカマは嫌いです。あいつら、オカマを餌に好奇心旺盛な女をおびき寄せて“食う”から(当社比)。


 さて、ビリーブートキャンプに対抗して、『サラダパンブートキャンプ』という動画をYouTubeにアップしようと思うのですが、実際に観たことないので台詞や動きの学習が必要です。誰かDVD持ってたら貸してください。
 ビリーといえば、来日した際に週刊文春(もしくはFLASHかも?)の誌面上でのインタビューで、「腹が出てるのでは?」とツッコまれて激怒してました。ビリーは、

「そんなことはない! 2週間後に新しいDVDの撮影があるから、大好きなアイスクリームをやめてシェイプするよ!」

 と、自身の存在さえも否定するような発言をしていました。どんだけ〜! 結局、痩せるためには食事制限なんですね……。
 こんなのが100万枚も売れたのかと思うと、日本は本当に第二次バブル時代なのかも、と思いました。知り合いの筋肉お化けのような格闘家も入隊したらしいんですが、ビクトリーした感想は、「筋肉痛になるだけ〜!」でした。

 というわけで、どなたかビリーブートキャンプのDVD貸してくださいよぅ! うどんおごるから。
もげた足のオッサン
 このニュースを読んで、人間の生命力はすごいなーと思いました。
 鈍感ともいいたくなるけど、このオッサンは片足なくして走ってる途中、間違いなく天使だった。片羽だけで走る天使。頭が脳内天国。
 そして僕は、地獄にさえも帰れない、羽のない悪魔だ。


 昨夜(ゆうべ) 眠れずに 失望と戦った
 君(オッサン)が哀しく見える 街が哀しいから


 


 今日は、珍しく忙しい日でした。最近仕事がないくせに、なぜか今日(既に昨日)に限って、〆切が3本もあった。仕事場で占いとプロレスの原稿2本やっつけて、「早いですねー」と褒められたー、ポメラニアーン。わしゃ、仕事の早漏か!
 仕事場があまりにも暑いので帰宅して、30分仮眠、カミン、仮眠グアウト。4、5時間ぶっ続けで最後の3本目を書き終えたら、午前1時すぎ。
 仕事をくれた人に電話したら、「今日中にって言ったのに1時間過ぎてる!」って……。わしゃ、遅漏か! やっぱり僕は褒められて伸びるタイプじゃなくて、貶されていじけるタイプなんだ。


 あぁー 翼がもげたデビル
 オイラも 翼のもげたデビル
 みんな 翔べないデビル
 



 沸かしたての麦茶でお茶漬けしたら、悲しいくらいおいしかった。
じんりょうだんち
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すっかり変わったな、お母ちゃん。
確かにそこに僕があった
 16日(木)お盆、神領団地へ行った。

 帰りたいと言っていた人を帰すためなのかもしれない。実は数年前に一度行ったことがあるけど、その時もう既に丘だらけ坂道だらけの町は、ばっさり削られてなんにもない更地になっていた。

 JR石山駅へ到着して、バス停の時刻表を見た。近くに看板が立て掛けてあった。
『8月17日(金)は、建部大社の夏祭りのため交通が……』
 明日は、夏祭りのために道路が混雑して夜のバスの運行がままならない、ということらしい。建部(たてべ)さんの夏祭りか。懐かしいな。初めて着物のようなものを着せられて、隣りのヒロちゃんと並んで写真撮ったなぁ。ノーパンでスースーしたなぁ。それで瀬田川で舟に乗ったっけ。夜の瀬田川は何も見えへんかったなぁ。そういや、「建部さん」って言い方も何もかも懐かしいな。

 希死念慮のあるまま来てしまったことを、同様の病である人に報告。返事が来たと思ったら、
「何しに行くんですか?」
「高い建物はないですよね?」
 高い建物は発想になかったので、入れ智慧をされてしまった(苦笑)。スカイダイビングも悪くないな。


 バスに乗った。神領団地経由瀬田駅行き。走る車内の景色を見るため、これでもかというくらいキョロキョロした不審者の僕。
 バスの運転手の真後ろに座った弟が、勝手に音楽のスイッチを入れて、車内に恥ずかしい音楽が流れて運転手が焦ったことがあったなぁ。
 ここにうどん屋が……。あ、あった! でも、かなり綺麗になってて違う店みたい。
 ここの角にあった布団屋が家事で燃えたんだっけ。でも、跡形もないな。
 瀬田の唐橋までこんなに近かったっけ? 神領団地までバスで15分と書いてあったけど、歩いてもよかったんじゃないかな? 
 瀬田川に中洲があって、そこで従姉が働いてたっけ。
 あ! 明日、建部さんの夏祭りということは、瀬田川に僕が着物を着て乗った舟があるはず……。でも、あらへんなぁ……。


 そうこうしてるうちにバスの車内アナウンスが流れた。
「つぎは、じんりょうだんち、じんりょうだんちです」
 キューンと鳴った僕の胸。そのままバスは進路を変えて神領団地へ……。片道220円。僕以外誰も降りひんかった。


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 お母ちゃん。懐かしいやろ!? 何度もここに降りたのに、今日でたぶんもう最後や。


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 ここがホンマの神領団地やで。ホンマの家があったとこやで。


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 カワトンボがおった川が護岸工事で狭なってる。道は広なってるけど……。しかも、周りにあった木が全部伐採されて影もできひんから、トンボも魚もおらへん。清流だった高橋川を返せ。河川湖岸海岸の護岸工事ほど醜くて恥ずかしい日本はない。


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 ここを道なりに歩いて行ったら、建部さんへの裏道や。道幅広うなったなぁ。歩道なんかなかったのに。それにしてもあの赤い橋は趣味が悪いな。


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 振り返ってバス停の景色を見た。綺麗な団地になっとる。


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 ここ、ここ! カナブン採ってもらったクヌギの木があったのは。でも、クヌギはなくなってるなぁ……。


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 こんな感じでもっと細い急斜面やったよなぁ。


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 この裏道、なんべん通ったことか。昔は砂利道やったのにな。


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 裏道抜けて、建部さんの正面の方へ行ったら、この道の坂の上には、エレクトーンが弾ける岸本くんの家があった。



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 振り返って、建部さんの正面。お祭りなんやなぁ。


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 へー。そんな由来があったんや。


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 この鳥居をくぐるの何年ぶりやろう……。
 

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 鳥居の真ん中に名前の看板(?)ないけど、セミがとまっとる。アブラゼミやな。


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 この水、ガブガブ飲んでたなぁ。


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 お母ちゃん。建部さんやで。「ただいま」言いに行こ。


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 御神輿飾ったるわ。この御神輿担いだなぁ。重かったよなぁ。


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 本殿や。そういや、甘酒もろうてよう飲んだなぁ。


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 こんなんあったっけ?


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 こんな鳥居、あったけ? とりあえずくぐっとこう。


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 さて、裏道戻って神領団地行こか。


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 綺麗な団地になってるなぁ。バス停のこの付近から見ると、正面にみっちゃんの家があったなぁ。みっちゃんのお母さんは足が悪うて、みっちゃんがよう助けてたなぁ。


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 この塀の向こうは、せたみなみようちえんや!


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 ほら! あった。瀬田南幼稚園。黄色組と赤組は仲が悪かったなぁ。


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 運動会で、手ぇ繋いで踊ったん憶えてるで。


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 あっちのデッカくて新しい団地が建ってるあたりに、僕らの家はあったんやなぁ。それにしても道が広うなって、密集した団地の面影もないな……。


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 このお風呂屋さん、まだやってんのかな!? 昔は「銭湯」言わんと「お風呂屋さん」って言うてたねぇ。


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 家の方角に行かんとこの幼稚園沿いを左に曲がったら、小学校の入り口があるんや。


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 ほら! この階段! 団地に住んでたもんは、正門から入らんと、みんなこの裏口から登下校してたんや。


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 この階段の上を歩いてて、ミツバチを捕まえて手のひら刺されたんや。ボケーッとしてたら犬のウンコも踏んだ! 必死で洗った! 当時からボケーッとしてたんや。


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 この酒屋のとこから日本酒の空き瓶の栓をパクって、みんなが集めてたなぁ。この辺の坂からの景色を図工の時間に描いて、賞状もろたんや。絵の具なかったから空をピンクに塗ったのにな!


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 ここはお米屋さんやったけどシャッター降りてる。ここでプラッシーをよう飲んだなぁ。玄関に置いたったガチャガチャでスーパーカー消しゴムとか出してたよな。隣りはうどん屋さんやったけどもうないわ。僕はいつでもどこでも玉子とじうどんやった。出前も頼んだなぁ。汁まで飲み干したら、従兄が汁残してて、ボンボンは違うなぁって思うたわ。


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 お風呂屋さん潰れてるけど、誰か住んでるわ。


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 あの新しい大きな団地の下のへんに、いっぱいお店があって、よう買いもん来てたなぁ。ホームランバー売ってたお菓子屋も、風邪ひいた時に泣き叫ぶほどぶっとい注射してくれたお医者さんも、のうなってるなぁ。


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 あの辺に、ヤギが繋がれとった。


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 たぶんこのへんの桜の木や。


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 この正面に従姉兄の家があったんやけど、公園になってる……。


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 この階段は変わってへんなぁ。そのままや。


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 人の家に行く階段やさけに降りたらあかん、って言われてたよなぁ。「〜やさけ」って、この辺の言葉やんなぁ。


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 飛び出し坊やは、たぶん従兄やで。


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 この階段も変わってへんなぁ。


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 僕らの家があった方へ行こ。あれ? でも、コンビニしかないな。 


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 公園になっとるで。


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 この辺で遊んでたんやなぁ。


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 ちょっと公園に座ろ。ほら! このまっすぐ正面が家があったとこら辺や。帰ってきたで……。 ここでしばし一服。


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 さ、もっと見よ。あっちの道には、ようロバのパン屋さんが来てたなぁ。


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 もう1回、家があった方の方角。綺麗な団地になってしもてるで。


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 この辺でよう遊んだ。やっちゃん()は、この後ろの電話ボックスで遊んでたら、近所のキチガイのオバサンにしばかれて泣いて帰ってきたな。


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 坂の上の団地はそのままや! ボロボロやのに色塗ってごまかしたる。


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 従兄んちは、お金持ちやからこのカトリック幼稚園に行ってたなぁ。


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 この坂道、こんなになだらかやったっけ? このブロック塀も懐かしいな。神領団地のブロック塀とちょっとちゃうけど。


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 この上、1回火事になったなぁ。


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 あ! あのブロック塀! 神領団地のブロック塀や!!


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 そうそう。こんな感じの細い道ばっかりやった。


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 ヤバいで。ブロック塀でうっとりしてるの、世界でたぶん僕だけやで。


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 そうそう。こんな感じ。こんな感じの上に家があったんや。


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 細い坂道あがったら家の裏口やったんや。それにしてもこんなに細かったんやね……。ここだけ草が生い茂ってるわ。


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 ここだけ神領団地の景色やね。当時は「じんりょう」って発音できひんかって、「りんじょーだんち」って言うてたしなぁ。


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 坂道あがったらやっぱり更地になってる。


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 こんな感じで、ウチの庭があったな。ウサギ小屋とか。家もウサギ小屋みたいやったな。


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 この坂道の角度が懐かしいわ。これまっすぐ行ったら、ウチやんなぁ!?


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 ええなー。このブロック塀。この景色。


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 坂の上、行ってみよ。


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 なんかの寮になってるみたい……。


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 反対側向いた。あっちに双子の似てない兄弟が住んどった。あんまし賢なかったかったけど。


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 この道抜けて、瀬田駅のヒカリヤまで買いもん行ったな。


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 これ、井上くんが住んでた家や! 井上くん、家がウチよりぐちゃぐちゃの父子家庭やった。どっかに引っ越してった。大洋ホエールズのバッヂあげた。


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 この道抜けたら、畑と草ボーボーの景色やった。


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 そうそう。この辺は、ススキとかいっぱい生えてたなぁ。


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 公園になってしもたけど、これ全部畑でモグラ捕りさせられた。奥に林があった。






【※動画】







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 さあ、バス停の方へ帰ろ。この道のカーブ懐かしいなぁ……。


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 さて、バス停に戻ってきました。ご堪能いただけましたか? 待っててもバスが来んかった……。祭日ダイヤで1時間1本になってたんや……。暑かってクラクラした。サウナの3倍くらい汗かいた。ここで、仕事場のボスから、昨日の原稿一部書き直しの電話が入った。こちらの世界へ戻って来いって知らせだろう。


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 結局、ここでジリジリとこんなに焼けた……。


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 待っててもお迎え(バス)来うへんから、石山駅まで歩くことにした。


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 さよなら、神領団地。


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 さよなら、建部さん。夏祭りにいた僕。


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 建部さん、ありがとさん。
 

 それから、石山駅まで4、50分歩いた。途中、瀬田の唐橋の横にある喫茶店へ入って休憩した。夏祭りの舟はなかったけど。
 石山駅まで歩いて休憩しようとマクドナルドへ行ったら、全席禁煙……。仕方なく瀬田川の方まで喫茶店かなんかないかと歩いた。しかし、なーんもなくて、瀬田川のほとりに辿り着いた。そこで対岸の神領団地の方の景色を見ながら、アクエリアスをぐびぐび飲んだ。


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 汗が乾いて、肌から塩吹いてた……。



 ふと前を見ると……。


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 舟やん! 僕らが乗ってた舟やん! まさか対岸にあったとは。


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 着物姿でヒロちゃんと乗った、あの夏祭りの舟に間違いなく出逢えた。ありがとう、建部さん。 
 

 たぶん、あの頃の、あの夏祭りの僕を消化できたんだと思う。
 さようなら、神領団地。さようなら、あの日の僕。
 お母ちゃん元気でね。

 じゃ、ホントにさようなら故郷。
 希死念慮のあった自分を形こそ違えど、僕は故郷に葬れたと思う。







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※左:ヒロちゃん。右:僕。


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