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【大阪タワー☆忘れたい人】
良心の呵責に苛まれ続けるブログです。



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いろいろカバーズ
■あみん『待つわ』 歌:アメリカ人(?)の女の子



■吉幾三『酒よ』 演奏:不明、楽器:ショルダーキーボード



■和田アキ子『あの鐘を鳴らすのはあなた』 歌:デーモン小暮閣下



■クリスタルキング『北斗の拳OPソング』 歌:愉快な黒人さん



■ささきいさお『宇宙戦艦ヤマト』 歌:不明、内容:替え歌
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カバーズ『君が代』
■忌野清志郎



■Gackt



■中島美嘉



■本田美奈子.



■小柳ゆき



■布施明



■西川貴教



■桑田佳祐



■SMAPの中居



命日
 何度目なのかちゃんと憶えてないけど、記憶が確かならば、僕が22の時に死んだのでたぶん14回目の母の命日。4月6日が命日だったかさえ実は定かではない。僕が憶えているのは桜咲く春の出来事だったということ。僕は記念日とか定められた日などどうでもいいタイプの人間ですから。

 あの日の今頃は、あんなに突然に別れが来るとは思わなかった。いや、別れが来ることさえ信じてなかった。僕は母が入院を希望した倉敷の病院の近所で、平屋の家を借りて、あのまま一生倉敷で母の側にいながら暮らそうと決心していた。担当医が言った「もって春までですね」の時期を迎えることができた。それだけで僕はもう母という存在が絶え間なく続くものだとさえ思っていた。

 病院の朝ご飯のおかずは確かメザシだった。いや、あれは僕は家で炙って持って行ったものを母が食べたような気がする。朝食を平らげ、末期癌にも関わらず一人でトイレに行っていた気丈な母。息子に下の世話をさせたくなかったのだろう。その時は既に父の下の世話も経験済みだったのだが。

 容態が急変した。最期の最期になって、座薬を入れてくれ、と頼まれた。僕は初めて座薬を入れてあげた。おしめをしてくれ、と言われたので看護婦さんに頼んだ。そのうち看護婦さんが身内に電話をするように即した。公衆電話で小銭を積み上げながら、各所に電話をしたがなかなか繋がらずに困った。そのうち看護婦さんが、私が電話を代わるからお母さんのそばへ、と言ってくれた。

 手を握りしめた。握りしめた手の甲に、大粒の涙をたくさん落とした。意識朦朧としていた母が、その手の甲に落ちた涙を不思議そうに見つめていた。病の母にだけは見せまいとしてた涙をそこで初めてこぼした。もう母の声はほとんど聞き取れなかった。ただ、うわ言のように「ゆるしてくれ」と何度も言っていた。先に逝く自分を、決して幸福ではなかった家庭を、ゆるしてくれと言いたかったんだろう。

 やがて声も出なくなった口元は「たのんだでたのんだで」と動いているように見えた。一人で何もできない弟のことを、たのんだでと言いたかったんだろう。そして昏睡。僕にはもう心電図の針の動きが止まるのを待つしかなかった。心臓マッサージを施してから瞳孔を診た担当医が言った。「御愁傷様です」と。

 医師にお辞儀をして「ありがとうございました」と言った。いつも世話してくれた看護婦さんが亡骸を浄めてくださっている間、僕は病室の窓からぼんやりと東の空を眺めた。夕方だったのに、東の空の雲の隙間から光が降り注いでいた。ふと気づくと、同じ病室の全身が麻痺して動けない4、50代の鈴木さんが泣いていた。事の一部始終を聞いていらっしゃたようだ。完全に泣き止んでた僕は、なぜか鈴木さんを励ました。「ありがとうございました。どうかもう泣かないでください。どうかお元気で」と言って固く握手した。

 臨終に間に合わなかった弟が、階段の手すりに掴まって泣いていた。僕は、肩をポンと叩いた。「今、死に化粧してもらってるから、1階の安置室に行っておいで」。



 あれからどれくらい母を忘れられぬ日々が続いたろう。朝起きてすぐ、もうこの世に母がいないと絶望する日々が何度続いたろう。弟を結局、守ってやれる事はできず僕は今に至る。愛した人を忘れなかった日はありません、と人はよく言うが、僕は忘れる日々の方が多くなった。ただ、あの時に母の手を握りながら誓ったことだけは忘れない。

 お母さん。いつまでも親不孝な息子でごめんなさい。僕はあなたの息子で幸せでした。あなたの最期を見届ける事ができて幸せでした。
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