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【大阪タワー☆忘れたい人】
良心の呵責に苛まれ続けるブログです。



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緒川たまきの「嘘つき!」
 いやぁ、もう緒川たまきの演技力に脱帽だー。
「嘘つき!」の一言だけでここまでできるとは!
 そろそろ旬も過ぎたかなぁと思ってたけど、緒川熱がまた再燃したよ。まさに「萌え」だよ。
 この動画は、既に終了した番組の総集編なんだけども。

 いちいちかなり手の込んだ撮影なんですけど、緒川たまきさんったらスケジュール空いてるのかなぁ? 勿体ないような、それでいてこれが観られて有り難いような。
 それにしても、このガセトリビアとされるものの真偽はいかほど?
 僕は結構信じてるものがあるんですけど……。

【その1】


【その2】



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日のいづる方へ
やまない雨はないし、明けない朝はない。
しかし、やがてまた雨は降るし、闇夜もやってくる。
そんなことを書いた記憶がある。

同じ場所に留まって止まって停まって陽を待つのか。
留まって止まって停まって耐えられるのか。

僕が雨に打たれているならば、雨雲のないところまで。
闇夜にいるのならば、日のいづる方へ。
待っていないで歩き続けるべきだ。

日を待っていても雨に打たれたら意味がない。
ひたすら陽に向かい、
彷徨わず、
闇夜を切り裂き、
一瞬でも早く。
匍匐でもいいからその方角へ向かい辿り着きたい。


家康じゃ駄目だ。
鳴くまで待とうでは。
待っている間に息絶えてしまうかもしれない。

信長でも駄目だ。
殺してしまえ、は結局自害に等しい。

秀吉でも駄目だ。
太陽は、鳴かせられる、操れるものじゃない。
手品師や呪術師、祈祷師でも戦略家でも無理だ。

梟ではないのだから、心地よい闇夜などないのだ。
陽を浴びたいなら近づくことだ。一歩でも。
日のいづる陽のある方へ。

鳴かぬなら、いづらぬなら、自分で鳴こう不如帰。


以上、自戒。


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ブランコ
ブランコは勢いをつけると高く舞い上がれる。
怖いぐらいに舞い上がれる。
怖いから勢いを落として楽しむのも自由だし、
ゆっくりギコギコと揺られるのもいい。
ブランコから降りるのも自由だし、
漕ぎ続けるのも、高く舞い上がろうとするのも自分の自由。

僕は「立場」というブランコを今も漕いでいる。
「僕」というブランコを勢いを加減しながら漕いでいる。
時には予想外の勢いがついてビビることもあるけど。
このブランコが止まりそうになったら誰か背中押してくれないかな。

初めて就職した二十歳の頃、
台風の真っただ中に公園へ行った。
誰もいない夜、暴風雨に打たれながら数年ぶりにブランコに乗った。
子供の頃と同じように高く高く舞い上がれた自分にいささか驚いた。
そして、それがとても嬉しかった。
自分のこれからに不安を抱いていた僕は、
一心不乱にブランコを漕ぎ続けた。


2006年05月11日12:07

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コンビニの宋さん
仕事場へ行く前にサークルKサンクスに寄った。

いつものように美味しくない紙パックの麦茶を買うためだ。
レジに行くと、オバチャンと青年男子が並んで接客していた。

紙パックを差し出すと青年は、
「いらしゃいませぇ」
とカタコトの日本語で言った。
声のトーンもなんとなく暗い。
名札を見ると、どうやら青年の名前は“宋さん”らしい。

中国人かな? 台湾人かな? などと考えながら、
たどたどしくバーコードを読みとろうとしている仕草を見ていた。
横にいたオバチャンがゆっくり丁寧に接客の説明してあげている。
僕はその様子を見ながら、逆に自分が緊張してしまった。
それにしてもこのコンビニは、留学生らしき青年を雇うとは懐が深いな。

おつりの値段がうまく言えない宋さんは、
オバチャンの指示で一所懸命に釣り銭を数えていた。
異国のお金を数えるのは慣れるまで大変だろうな。
ましてやお客の態度が悪いと評判のコンビニではこれからもっと大変だろう。

宋さんはようやく釣り銭を確認すると、
レシートと一緒に両手で丁寧に渡してくれた。

「がんばってね」
僕は、普段言わないセリフを発した。

「ありがとござーます!」
急に明るくなった宋さんのトーンに微笑みながら店を出た。
宋さん、また行きますよ。


2006年03月10日18:25

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江口ともみさん、テレビロケの事故で腎臓摘出
ロケ中に女性タレントがけが=TBS
TBSロケでまた事故キャスター重傷

 つい2日ほど前に江口ともみさんのオフィシャルサイトを偶然閲覧していたから驚いた。なにか虫の知らせなんだろうか。それにしてもいつの間に、つまみ枝豆と結婚してたんだ!? 
 オフィシャルのBBSを見ていると、江口さんはすべての書き込みすべてに丁寧なレスポンスをされておられた。今まで喋りに好感を持っていたのが、さらに好感度UPしたところなのにこんな事故に遭われて残念。

 江口ともみさんといえば、実は昔、“お菓子系”と呼ばれる雑誌の発端となった、ちょいエロ系グラビア雑誌『すっぴん』に出ておられて、よくお世話になった(←変な意味ではない)。数年前、神保町の古本屋で見かけたかなり古いバックナンバーが、3000円以上(いや、もっと上か?)だったのに愕然としたのを憶えている。実は家に数冊ストックというか保管しているのだが、どこで売れば高く買ってくれるだろうか? やはり、まんだらけかな?(←不謹慎ですいません)

 それにしても腎臓摘出(←これはさっきスポーツ新聞で知った)ってあまりにも……なのでホントかわいそう。とにかく、江口さんの早期ご回復を願っております。


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がっくり
 新たな資金源になると思われた某誌の企画というか、某誌そのものがペンディングになった。いたい……………。
 期待した収入がないというのはこれまで何度もあったが、こんなに思わせぶりされてオジャンって……。ハッスル濃度が上がってたのに、一気に濃鬱に逆戻り。

 お腹すいたけどオカズがない……。うどんと卵かけゴハン飽きた……。
 誰か家賃分くらい働かせてくれないかな……。家賃払えん……。日払いのバイト探そうかな……。

 つーか、3000円でGWをどう過ごそうか………………。みんな旅行か……。いいなぁ。
 とりあえず味噌汁の具が欲しい。せつない。
 一番悪い時の自分に逆戻りしそうで怖い。


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ハンバーグの思い出
小学生の頃の僕は、ハンバーグが大好物だった。

でも、家の食卓に上がるのは、マルシンハンバーグかイシイのハンバーグぐらい。
家計を考えた時、それはお母ちゃんの仕方のない選択だったんだろうけど、
それでも弟と僕はそのハンバーグを満足して食べていた。
何度か料理下手なお母ちゃんがハンバーグを手作りしてくれたけど、
“ハンバーグの素”を使って作ったものは正直イマイチだった。
でも、ハンバーグをこねる共同作業は楽しかった。

近所の主婦に「おいしい店がある」って教えられたオカンが、
奮発してその店へ連れてってくれたことがある。 弟と3人で。
当時の僕らにとっては知らない店に入るっていうのは大冒険だったので、
前日から「何食べよ? 楽しみやなぁ」って言ってた。

そこは単なる食堂だったんだけど、緊張しながら店に入ったのを覚えている。
その頃の田舎には飲食店も少なかったし。
で、僕はハンバーグ定食を注文したんだけど、
待てども待てども僕が注文したやつが来なかった。
お母ちゃんと弟はすでに食べ終わってたのに。

1時間ぐらい待ってようやくハンバーグ定食が出てきた。
そしたら定食のハンバーグが、いつも家で食べてたマルシンハンバーグに
ケチャップをかけただけのやつだった。
子どもだったけど見ただけですぐわかった。
お店を出た後、なぜかお母ちゃんが
「ごめんやでオサム、ごめんやで」って何度も僕に謝ってて切なかった。


それから13年後。
闘病中に自らの余命を知ってしまった頃のお母ちゃんを交えて、
家族で駅前の平和堂の上にある食堂街へ行った。
今思えば、あれが最後の家族4人での食事だった。
僕がトンカツ定食を注文すると、お母ちゃんも「同じの」と頼んだ。
結局、家族4人でトンカツ定食を食べた。

倉敷の柴田病院へ再入院するために、
お母ちゃんと2人で新幹線に乗って新倉敷駅へ着いた時もそうだった。
改札口を出ると、「オサムお腹すいたやろ? なんか食べよ」と言った。
そこで駅構内にある喫茶店に入った。
僕が焼き肉定食を注文すると、お母ちゃんが「私も」と言った。

お母ちゃんはトンカツ定食も焼き肉定食も全部ペロリと平らげた。
肺癌と抗癌剤で弱り切ったあのカラダでよく食べたものだと感心する。
食事に人生を見て、未練という名の飯粒を残したくなかったのかもしれない。

今考えればあれは、残された時間で少しでも
僕と同じ味の共有をしたかったんだろう。
味の共有は人生の共有だ。

今夜はマルシンハンバーグを買って食おう。
お母ちゃんの分も2つ買って食おう。
そして、「おいしかったで。ごちそうさま」と言ってみよう。


2006年02月18日17:04

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キミの涙が渇く時
ボロボロに泣いていたキミと、ボロボロのカラダの僕。
キミがドアを開けた瞬間、抱きしめることしかできなかった。
不器用な愛情表現でゴメン。

傷を舐めあう野良猫のようだね。
涙を流してちゃ前はよく見えないよ。
僕がいつでも拭いてあげるから、またドアを開けておくれ。

拭いてあげるだけで、キミにかけるに相応しい言葉が
どうしても見つからなかったんだ。ホントに不器用だな。

だけど人生におけるオアシスなんだ。キミの存在は。
僕がまた砂漠に発つ時、きっとまたキミの幻影を追って藻掻くんだろう。

いつか僕らは砂漠を抜けて、小さな小さな住処を作ろう。
きっとキミの涙が渇く時にそこは見つかるだろう。
そう思うだけでまた一歩、砂の泥濘に足を踏み出せるんだ。
オアシスで汲んだ涙を飲みながら。


2006年02月12日23:15
「風邪ひくなよ」
パッション屋良というお笑い芸人が、
三宅島に行って民家に宿を求めるという番組を観た。

噴火によるガスに悩まされながらも、
なんとか復活しようとしている
“くさや”工場の家に泊めてもらっていた。

そこの明るい女子高生に気に入られたパッション屋良。
船が出る直前まで女子高生と会話していた。
船に乗ったパッション屋良は、船中の階段を駆け上がり、
港にいる女子高生にこう言った。

「風邪ひくなよ」

そのシーンは涙も何もない明るいお別れだったのだが、
その一言に僕はジーンとした。
頑張っている三宅島の人に対して安易に
「頑張って」などと言えなかったのだろう。
あの心のこもった「風邪ひくなよ」という言葉は
とても心地よいものだった。なんて素敵な言葉なんだろう。

だから僕は「また会おうね」なんて言葉だけの約束よりも、
「風邪ひくなよ」という“今度会う時まで元気でな”って
意味がこもった言葉をかけられるようにしようと思った。

それにしてもパッション屋良ってなかなかやるじゃないか。
胸を握りこぶしで叩くあの芸は、心臓にダメージを与えるばかりでなく、
子供が真似をするだろうからやめてほしいんだけどね。


とにかくみんな元気でいてほしい。
だからみんな、風邪ひくなよ。


2006年02月09日01:41
コメントへの返信能力
世界チャンピオンだったプロレスラーで、
ニック・ボックウィンクルという選手がいた(故人ではない)。

かつてプロレス記者がニックに、
「プロレスってなんなんですか?」と質問したら、

「相手がジルバを踊ってきたらジルバを、
 タンゴできたらタンゴを踊ればいいのさ」


とこたえたそうだ。
名言だと思う。

同様に、人間関係でもそうありたい。
だけど、なかなか難しい。
自分のカラーを引き出してくれる人を求めているような状態が多いのが現状で、常にいじられることを待っているお笑い芸人みたいな感じだ。
大勢での飲み会に僕は特に向いていない。


せめてmixiにおいてはニックの言葉のようにありたいと、
コメントへの返信はそれを目指している。

返信は常に誠実でありたい。
ここでいう誠実とは、
「敬語や丁寧語を上手に遣えればいい」という意味ではない。
ニックのように相手の踊り(言葉遣いや書き込みの内容)に合わせて、
できるだけ第三者や自分が将来に読んでも面白いように返信することだ。

こんなことにエネルギーを使っているから、
僕は仕事がおろそかになるんだろうけども……。


僕は、マイミクさんの日記にコメントを書き込んだ後に、
書き込んだ日記が「日記コメント記入履歴」に上がってくると、
自分への返信をすでにもらっているにも関わらず必ず読んでいる。

日記のネタをみんながどのように解釈して、
どのように話が広がっているのかを読むのが面白いのだ。
日記のオチが返信内容でやっとわかる場合も多いし。

だから何度も足あとを残してしまうことになるけど、オススメです。
っていうか、自分への返信をもらったら、
もうその日記の役割は終わり、みたいな感じにするのはやめよう。


まぁとにかく、mixiにどっぷりハマっているということです。
マイミク様は神様です(笑)。

僕の日記は、ジルバの時やタンゴの時とか色々あるので、
この人は理解しがたい、と悩むマイミクさんも多いと思うけども……。


2006年02月04日19:42
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