※読了後は、各記事の右下にある「拍手」ボタンを押してもらえるとぬか喜びします。
読んでもらえてるんだ、と実感します。コメントなんて特に要りませんから、過去記事にもお気軽にプッシュしていただけると幸いです(これは、あらゆるランキングとかアクセス解析とかに全く関係ありません)。
【人命救助】
それはそれはお目出度い名前の兄弟がいました。仮に紅白兄弟(仮名)としておこう。僕が小2か小3の時に出会いました。いや、出“遭”いました。場所は近所の大きな用水路。網で魚獲りをしていると、すぐそばで近所に住む紅白兄弟も網で獲物を狙っていました。
紅白兄(僕より2学年下)は、ガードレールを左手に持ちながら、右手で網を必死に伸ばして魚をすくい獲ろうとしていました。しかし届かない様子で、後ろに居た紅白弟(兄より1学年下)がギャーギャー騒いでいました。「まさかあのガードレールを持つ手を離しやしないだろうな……」と見ていましたら、案の定、両手で網を持ったまま用水路へザブン! いくら届かなかったからって両手ですくおうってのは、よっぽどイラついていたのかすげーアホなのか……。
用水路の深さは10メートル近くはありました。バタバタと溺れる紅白兄。当時、バタ足で10メートルも泳げなかった僕は、持っていた網を逆向けにして溺れる紅白兄に届くよう必死に手を伸ばしました。紅白弟には「誰でもいいから近所の人を呼べ!」と命令したら、すぐ近くの民家へ助けを求めて叫んでいました。
5分ほど経って、ようやく紅白兄が僕の網の棒を掴んで陸に上がりました。人間、泳げなくてもしばらく水面で耐えられるものなんですね。
その後、数日経ってから紅白母が我が家にお礼を持ってきました。タカ●ブネのゼリーの詰め合わせでした。事を知らなかった僕の母に、「もし、相手が死んでたらどうするの!」って厳しく叱られました。僕は人命救助をしたにも関わらず、なんで叱られて、しかも安物のゼリーだけなんだろうと憤慨しました。
紅白兄弟はやんちゃで、僕に対して感謝の念もない様子だったので「ちょっとは感謝しろよ」と言ったら、紅白兄は僕を学校で見かける度に、「あ! 命の恩人や!」って叫んで逃げるという行動を繰り返したので、とてもしばきたくなりました。
【おしっこ運び隊】
小1になった紅白弟が、下校途中の道を走って僕を追い抜かそうとしました。水のようなものをビニール袋に入れて持っていたのですが、紅白弟はビショビショに濡れていました。
僕が「何してるんや!?」と叫んだら、「こぼれないように家まで運ぶ挑戦!」と言いました。「その袋に何が入ってるんや!?」と問うと、紅白弟は迷わず「おしっこ!」って叫んで走り去って行きました。
【観光バス】
集団登校の集合場所は、紅白家の家の前でした。ある日、住宅街のそこに観光バスが停まっていました。紅白兄に訊くと、「お父さんが帰ってきて寝てる」と言いました。個人タクシーならまだしも、観光バスで帰宅してそのままっていうのが摩訶不思議でした。住宅街に観光バスってのが異様な光景でした。
【放火?】
近所の空き地には、スクラップ同然の自動車が50台以上捨てられたままでした。ある日、その捨てられた自動車全部が大火災を起こして、まるで戦争で爆撃されたような黒煙がモクモクと住宅街を覆い尽くしました。我が家どころか我が町内が壊滅の危機でした。
消防車が5台以上、いやもっと来たでしょうか。懸命な消火作業の末、2時間くらいでやっと鎮火しました。あとで聞いたところによると、廃車の中で遊んでいた紅白兄弟が、発煙筒を焚いたために車に引火して、瞬く間にガソリンに燃え移ったとのことでした。大惨事の一歩手前でした。
【スカトロ兄弟】
ある登校中に、紅白兄が独りでクスクス笑っていました。なぜ笑っているのかを問うと、「○○(紅白弟の名前)ったら、僕のお尻の穴を舐めたの(笑)」って言うのです。
紅白弟に真偽を確かめると、「お兄ちゃん、それは言わん約束やったやん!」と泣き出しました。紅白弟に「なんで舐めたんや?」と問うと、「だってお兄ちゃんが舐めろって言うたんやもん!」って……。紅白兄には「なんで舐めさせたんや?」と訊けば、「トイレでウンコしてたらトイレットペーパーがなかったから!」とあっけらかんと言い放ちました。
とりあえず紅白弟には、「お前はお兄ちゃんが“死ね”って言うたら死ぬんかっ!」ってツッコんでおきました。
【犬殺し!?】
紅白家が突然、犬を飼い始めました。それはもうかわいい白犬で、愛嬌も抜群。僕はこれまでの人生で、あれほど犬が可愛いと思った事はありませんでした。
ある日、いつも居るはずの犬小屋に、白犬が居なくなっていました。紅白兄に訊くと、「動物病院に入院した」とのことでした。
やっと帰ってきた白犬は、背中の毛が全部剃られ、背骨全体に無惨な縫い痕がありました。そして、下半身不随になっていました……。
「なんでこんなことになったんや!?」と問い詰めると、紅白兄は「電柱にぶつかって背骨が折れた」と言い放ちました。電柱にぶつかったくらいで背骨は折れません。きっと高い所(塀の上)から、犬の背中にダイブしたのでしょう。それしか考えられない……。その白犬は、1ヶ月も経たないうちに死んでしまいました。今思えば、あまりにも悲惨だったので安楽死させたんじゃないかな……。
【一家離散】
紅白母が若い男と浮気して逃亡してしまい、離婚。紅白一家は、悪い伝説だけ残して町内から消えて行きました。その後の紅白兄弟のことは誰も知りません。(終わり)
※おまけ
行方不明のうちの弟(当時27、8歳)が書いた遺書に、これまでの人生で恨みがある人物の名がいろいろ書いてありました。その中には「紅白」の名も……。小学生時代しか遭遇してないのに、大人になってからもよっぽどあいつら(紅白兄弟)はトラウマだったんだろうなぁ……。
それはそれはお目出度い名前の兄弟がいました。仮に紅白兄弟(仮名)としておこう。僕が小2か小3の時に出会いました。いや、出“遭”いました。場所は近所の大きな用水路。網で魚獲りをしていると、すぐそばで近所に住む紅白兄弟も網で獲物を狙っていました。
紅白兄(僕より2学年下)は、ガードレールを左手に持ちながら、右手で網を必死に伸ばして魚をすくい獲ろうとしていました。しかし届かない様子で、後ろに居た紅白弟(兄より1学年下)がギャーギャー騒いでいました。「まさかあのガードレールを持つ手を離しやしないだろうな……」と見ていましたら、案の定、両手で網を持ったまま用水路へザブン! いくら届かなかったからって両手ですくおうってのは、よっぽどイラついていたのかすげーアホなのか……。
用水路の深さは10メートル近くはありました。バタバタと溺れる紅白兄。当時、バタ足で10メートルも泳げなかった僕は、持っていた網を逆向けにして溺れる紅白兄に届くよう必死に手を伸ばしました。紅白弟には「誰でもいいから近所の人を呼べ!」と命令したら、すぐ近くの民家へ助けを求めて叫んでいました。
5分ほど経って、ようやく紅白兄が僕の網の棒を掴んで陸に上がりました。人間、泳げなくてもしばらく水面で耐えられるものなんですね。
その後、数日経ってから紅白母が我が家にお礼を持ってきました。タカ●ブネのゼリーの詰め合わせでした。事を知らなかった僕の母に、「もし、相手が死んでたらどうするの!」って厳しく叱られました。僕は人命救助をしたにも関わらず、なんで叱られて、しかも安物のゼリーだけなんだろうと憤慨しました。
紅白兄弟はやんちゃで、僕に対して感謝の念もない様子だったので「ちょっとは感謝しろよ」と言ったら、紅白兄は僕を学校で見かける度に、「あ! 命の恩人や!」って叫んで逃げるという行動を繰り返したので、とてもしばきたくなりました。
【おしっこ運び隊】
小1になった紅白弟が、下校途中の道を走って僕を追い抜かそうとしました。水のようなものをビニール袋に入れて持っていたのですが、紅白弟はビショビショに濡れていました。
僕が「何してるんや!?」と叫んだら、「こぼれないように家まで運ぶ挑戦!」と言いました。「その袋に何が入ってるんや!?」と問うと、紅白弟は迷わず「おしっこ!」って叫んで走り去って行きました。
【観光バス】
集団登校の集合場所は、紅白家の家の前でした。ある日、住宅街のそこに観光バスが停まっていました。紅白兄に訊くと、「お父さんが帰ってきて寝てる」と言いました。個人タクシーならまだしも、観光バスで帰宅してそのままっていうのが摩訶不思議でした。住宅街に観光バスってのが異様な光景でした。
【放火?】
近所の空き地には、スクラップ同然の自動車が50台以上捨てられたままでした。ある日、その捨てられた自動車全部が大火災を起こして、まるで戦争で爆撃されたような黒煙がモクモクと住宅街を覆い尽くしました。我が家どころか我が町内が壊滅の危機でした。
消防車が5台以上、いやもっと来たでしょうか。懸命な消火作業の末、2時間くらいでやっと鎮火しました。あとで聞いたところによると、廃車の中で遊んでいた紅白兄弟が、発煙筒を焚いたために車に引火して、瞬く間にガソリンに燃え移ったとのことでした。大惨事の一歩手前でした。
【スカトロ兄弟】
ある登校中に、紅白兄が独りでクスクス笑っていました。なぜ笑っているのかを問うと、「○○(紅白弟の名前)ったら、僕のお尻の穴を舐めたの(笑)」って言うのです。
紅白弟に真偽を確かめると、「お兄ちゃん、それは言わん約束やったやん!」と泣き出しました。紅白弟に「なんで舐めたんや?」と問うと、「だってお兄ちゃんが舐めろって言うたんやもん!」って……。紅白兄には「なんで舐めさせたんや?」と訊けば、「トイレでウンコしてたらトイレットペーパーがなかったから!」とあっけらかんと言い放ちました。
とりあえず紅白弟には、「お前はお兄ちゃんが“死ね”って言うたら死ぬんかっ!」ってツッコんでおきました。
【犬殺し!?】
紅白家が突然、犬を飼い始めました。それはもうかわいい白犬で、愛嬌も抜群。僕はこれまでの人生で、あれほど犬が可愛いと思った事はありませんでした。
ある日、いつも居るはずの犬小屋に、白犬が居なくなっていました。紅白兄に訊くと、「動物病院に入院した」とのことでした。
やっと帰ってきた白犬は、背中の毛が全部剃られ、背骨全体に無惨な縫い痕がありました。そして、下半身不随になっていました……。
「なんでこんなことになったんや!?」と問い詰めると、紅白兄は「電柱にぶつかって背骨が折れた」と言い放ちました。電柱にぶつかったくらいで背骨は折れません。きっと高い所(塀の上)から、犬の背中にダイブしたのでしょう。それしか考えられない……。その白犬は、1ヶ月も経たないうちに死んでしまいました。今思えば、あまりにも悲惨だったので安楽死させたんじゃないかな……。
【一家離散】
紅白母が若い男と浮気して逃亡してしまい、離婚。紅白一家は、悪い伝説だけ残して町内から消えて行きました。その後の紅白兄弟のことは誰も知りません。(終わり)
※おまけ
行方不明のうちの弟(当時27、8歳)が書いた遺書に、これまでの人生で恨みがある人物の名がいろいろ書いてありました。その中には「紅白」の名も……。小学生時代しか遭遇してないのに、大人になってからもよっぽどあいつら(紅白兄弟)はトラウマだったんだろうなぁ……。
亡きお婆ちゃんが作る天ぷらは絶品だった。
カリッとしているわけでも、サクッとしているわけでもない。
衣をべっちょり付けて揚げるので、モチモチとした下品な感じ。
天ぷらは揚げるのに時間がかかるから、
立ち仕事がつらいお婆ちゃんは床にコンロをおいて座って揚げていた。
野菜、ちくわ、魚、その辺に生えている葉っぱ。
お婆ちゃんの手にかかればどんな食材でも、
手品のようにおいしい天ぷらに変身した。
天つゆなんかいらない。
衣に塩味がついているのでそのままアツアツを頬張った。
「お婆ちゃん、まだ〜?」
僕が急かすと、
「もうちょっとで揚がるから待てやー。」
揚がったらすかさず食べた。どんどん食べた。
夕食用に作っているのに、つまみ食いが止まらなかった。
気がつけば、どこかで見たことのある葉っぱを揚げようとしている。
「あ、それ…。」
と言いかけて止まった。
僕はお婆ちゃんちから帰り際、
外に出た途端にオシッコがしたくなる子だった。
お母さんは、
「もう…、この子は…。」
と呆れながらも、
「まんまんちゃん(神様)にちゃんと謝るんよ。」
と言い、立ち小便を許可してくれた。
お婆ちゃんの家の前にあるわけのわからない不気味な葉っぱの上に、
オシッコを豪快に飛ばした。
できれば隅々まで行き渡るようにまんべんなく飛ばしながら、
「まんまんちゃんごめんなさい。」
を3回繰り返した。
それが幼い頃の立ち小便の掟だった。
で、話は戻るが、お婆ちゃんが揚げようとしていたのは、
まさしく僕がオシッコをかけた葉っぱだったのだ。
まさかこんな葉っぱが食べられると思わなかった。
「これ食べられるんか?」
とお婆ちゃんに尋ねた。
「なんでも食えるがな」
そう言いながらお婆ちゃんは豪快に笑った。
揚がりあがったまんまんちゃんの葉っぱをこわごわと食べてみた。
ウマい。
「お婆ちゃん! この葉っぱウマいわ!」
そう言ってからまた黙々と食べ続ける僕。
やっぱりお婆ちゃんは天ぷらの天才だ、と思った。
オシッコで育った葉っぱを食べる。
食物連鎖って、きっとこういうことなんだろうな。
そして、あの独特のうまい天ぷらはもう食えないのが残念だ。
でも、僕の体にはあの天ぷらの細胞が今でも流れているんだ。
カリッとしているわけでも、サクッとしているわけでもない。
衣をべっちょり付けて揚げるので、モチモチとした下品な感じ。
天ぷらは揚げるのに時間がかかるから、
立ち仕事がつらいお婆ちゃんは床にコンロをおいて座って揚げていた。
野菜、ちくわ、魚、その辺に生えている葉っぱ。
お婆ちゃんの手にかかればどんな食材でも、
手品のようにおいしい天ぷらに変身した。
天つゆなんかいらない。
衣に塩味がついているのでそのままアツアツを頬張った。
「お婆ちゃん、まだ〜?」
僕が急かすと、
「もうちょっとで揚がるから待てやー。」
揚がったらすかさず食べた。どんどん食べた。
夕食用に作っているのに、つまみ食いが止まらなかった。
気がつけば、どこかで見たことのある葉っぱを揚げようとしている。
「あ、それ…。」
と言いかけて止まった。
僕はお婆ちゃんちから帰り際、
外に出た途端にオシッコがしたくなる子だった。
お母さんは、
「もう…、この子は…。」
と呆れながらも、
「まんまんちゃん(神様)にちゃんと謝るんよ。」
と言い、立ち小便を許可してくれた。
お婆ちゃんの家の前にあるわけのわからない不気味な葉っぱの上に、
オシッコを豪快に飛ばした。
できれば隅々まで行き渡るようにまんべんなく飛ばしながら、
「まんまんちゃんごめんなさい。」
を3回繰り返した。
それが幼い頃の立ち小便の掟だった。
で、話は戻るが、お婆ちゃんが揚げようとしていたのは、
まさしく僕がオシッコをかけた葉っぱだったのだ。
まさかこんな葉っぱが食べられると思わなかった。
「これ食べられるんか?」
とお婆ちゃんに尋ねた。
「なんでも食えるがな」
そう言いながらお婆ちゃんは豪快に笑った。
揚がりあがったまんまんちゃんの葉っぱをこわごわと食べてみた。
ウマい。
「お婆ちゃん! この葉っぱウマいわ!」
そう言ってからまた黙々と食べ続ける僕。
やっぱりお婆ちゃんは天ぷらの天才だ、と思った。
オシッコで育った葉っぱを食べる。
食物連鎖って、きっとこういうことなんだろうな。
そして、あの独特のうまい天ぷらはもう食えないのが残念だ。
でも、僕の体にはあの天ぷらの細胞が今でも流れているんだ。
僕の初めての万引きが幼稚園児の時だった…、
と言ったら驚かれる方もいらっしゃるだろう。
悪い子ではなかった。
むしろ泣き虫で誰からも大人しいと言われる子だった。
その頃は『およげ!たいやきくん』ブームだった。
僕は駄菓子屋に行っては、たいやきくんカードを集めていた。
その僕を誘惑したのは、所謂くじ引き。
当たりが出れば、たいやきくんカードケースがもらえたのだ。
僕はおばあちゃんに小遣いをもらうたびに駄菓子屋に行き、
くじ引きに挑戦した。もうくじ引きしかしなくなっていた。
店の他の客の子らは、僕の目の前で次々と当たりを引いていった。
何度やっても当たらないのは僕だけ…。
くやしくてくやしくて駄菓子屋からの帰り道はいつも半ベソかいていた。
くそぅ! 駄菓子屋のオッサン、ボロ儲けしやがって!
ある日、とうとう作戦は決行された。
決行する前はドキドキした。
とりあえず当たりを引くまでくじ引きに挑戦した。
が、やっぱりダメだった。
そして作戦を決行したくなかったのに決行せねばならぬことになる。
駄菓子屋のオッサンが他の客の子の相手をしている時に、
むき出しに置いてある当たりのたいやきくんカードケースを
ひとつだけスッと持ち去ったのだ。
服の中に入れたまま小走りで帰った。
夢にまで見たたいやきくんのカードケース。
それが手元にあるだけで僕は満足だった。
だけど、満足したのはその時だけ。
それから僕は長い間、苦しめられることになる。
「それどうしたの?」って弟らに聞かれるたびに、
「当たった」と嘘をつかねばならなかった。
うまく嘘をつけない僕は、いつしか戸棚にカードケースを封印した。
でも戸棚を開けるたびにチラリと見えるカードケース。
そして、いつものように通う駄菓子屋のオッサンの客に対する真剣な対応。
僕はオッサンがかわいそうに思えてきて仕方がなかった。
それから小学生になった4年後、ある大作戦が決行される。
封印していたカードケースを服の中にしまうと、
僕は一直線で駄菓子屋に向かった。
いつものように繁盛していた。
僕は何かひとつ買い物をして、オッサンの様子をうかがっていた。
オッサンが目を放したスキを見て、店の死角になった部分に
服から取り出したカードケースをポンと置いて帰ったのだ。
店から離れると遠くからオッサンの声が聞こえた。
「これ落としたの誰〜!?」
僕はその声を確認すると一目散に小走りで帰った。
ニヤリと笑いながら。
僕は4年間の緊張と自責の念から解放された。
二度とそこの駄菓子屋には行かなくなってしまったけれど。
と言ったら驚かれる方もいらっしゃるだろう。
悪い子ではなかった。
むしろ泣き虫で誰からも大人しいと言われる子だった。
その頃は『およげ!たいやきくん』ブームだった。
僕は駄菓子屋に行っては、たいやきくんカードを集めていた。
その僕を誘惑したのは、所謂くじ引き。
当たりが出れば、たいやきくんカードケースがもらえたのだ。
僕はおばあちゃんに小遣いをもらうたびに駄菓子屋に行き、
くじ引きに挑戦した。もうくじ引きしかしなくなっていた。
店の他の客の子らは、僕の目の前で次々と当たりを引いていった。
何度やっても当たらないのは僕だけ…。
くやしくてくやしくて駄菓子屋からの帰り道はいつも半ベソかいていた。
くそぅ! 駄菓子屋のオッサン、ボロ儲けしやがって!
ある日、とうとう作戦は決行された。
決行する前はドキドキした。
とりあえず当たりを引くまでくじ引きに挑戦した。
が、やっぱりダメだった。
そして作戦を決行したくなかったのに決行せねばならぬことになる。
駄菓子屋のオッサンが他の客の子の相手をしている時に、
むき出しに置いてある当たりのたいやきくんカードケースを
ひとつだけスッと持ち去ったのだ。
服の中に入れたまま小走りで帰った。
夢にまで見たたいやきくんのカードケース。
それが手元にあるだけで僕は満足だった。
だけど、満足したのはその時だけ。
それから僕は長い間、苦しめられることになる。
「それどうしたの?」って弟らに聞かれるたびに、
「当たった」と嘘をつかねばならなかった。
うまく嘘をつけない僕は、いつしか戸棚にカードケースを封印した。
でも戸棚を開けるたびにチラリと見えるカードケース。
そして、いつものように通う駄菓子屋のオッサンの客に対する真剣な対応。
僕はオッサンがかわいそうに思えてきて仕方がなかった。
それから小学生になった4年後、ある大作戦が決行される。
封印していたカードケースを服の中にしまうと、
僕は一直線で駄菓子屋に向かった。
いつものように繁盛していた。
僕は何かひとつ買い物をして、オッサンの様子をうかがっていた。
オッサンが目を放したスキを見て、店の死角になった部分に
服から取り出したカードケースをポンと置いて帰ったのだ。
店から離れると遠くからオッサンの声が聞こえた。
「これ落としたの誰〜!?」
僕はその声を確認すると一目散に小走りで帰った。
ニヤリと笑いながら。
僕は4年間の緊張と自責の念から解放された。
二度とそこの駄菓子屋には行かなくなってしまったけれど。

食中毒のため心身共に調子が悪く、
ほとんど何も食べられない状態が続いた。
でも、あっさりしたラーメンなら、
『びっくりラーメン』のスープなら飲めると思い食べに行った。
期待通りに完食できた。
「あそこは化学調味料がどうの」とか、
「食べたいほどおいしくない」とか聞くが、
1杯たったの189円で病人&貧乏人を満足させてくれる店は素晴らしい。
それに化学調味料は、わかっていて食べるのなら嫌いじゃない。
約8年弱前にオープンした幻の1号店に行ったことがある。
カウンター10席もない店で、大してうまくもないチープなラーメン。
「こんな店はすぐに潰れる」と思っていたら、続々と新店がオープン。
今や年商31億円らしい。
僕はその間にどれだけ稼ぐことができたろうか。
僕はその間に何ができたのだろうか。
何一つ成し遂げていないような気がしてきた…。
みんなも苦しい時は『びっくりラーメン』を心して食べるべきだ。
■びっくりラーメン『ラーメン一番』
http://www.ramen1ban.co.jp/
2005年06月10日05:31
人を傷つけるのを恐れていた。
人に傷つけられるのを恐れていた。
だから自分を傷つけて生きてきた。
そして自分を傷つけることさえも恐れて逃げてきた。
逃げても逃げても追いかけてくる何かがあるのを恐れた。
信じていたものにはことごとく裏切られた。
正面から闘ったら、絶望を見る敗北を味わった。
信じられるものを求めて、
信じたいがために、
僕は疑い続ける。
2005年07月05日14:30
人に傷つけられるのを恐れていた。
だから自分を傷つけて生きてきた。
そして自分を傷つけることさえも恐れて逃げてきた。
逃げても逃げても追いかけてくる何かがあるのを恐れた。
信じていたものにはことごとく裏切られた。
正面から闘ったら、絶望を見る敗北を味わった。
信じられるものを求めて、
信じたいがために、
僕は疑い続ける。
2005年07月05日14:30

僕たちの顔は千差万別だ。
美人だと思われる、カワイイと思われる人がいたり、
有名人の誰かに似てるとか、
そんな基準で人の好き嫌いを判断してはならない。
太っていたり、痩せていたり、コンプレックスがあったり、
病を抱えていたり、顔にアザがあったり…と様々な人がいる。
顔の皮をひっぱがせば、みんな似たようなもんだ。
そして最後はみんなガイコツさ。
「一目惚れ」っていうのがあるけど、
相手を好きになるためにはもっと知ることが必要だ。
知っていってそれでもまだなおかつ好きならばそれは素晴らしい。
僕が生き恥とも言うべき、言葉の垂れ流しをしているのも、
みんなに知って欲しいからである。
僕を嫌いになる人もいるだろう。
それでも好きだと言う人もいるだろう。
そんな人を待っているし、大切にしたい。
美人でも悪い奴はいるし、ブサイクでもいい奴はいる。
悪い奴でもいいところはあるし、いい奴でも欠点はある。
それらすべてをひっくるめて「好き」という感情を持てた時は幸せだ。
2005年07月10日02:29

プロレス好きじゃない人にも読んで欲しい。
昨日はヤフーのニューストピックスを見た途端、
激しい頭痛が起こり吐いた。
橋本真也が死んだとのニュースを読んだからだ。
報道を見てもまだ実感できない。
実感ができないのでまだあえて呼び捨てにしている。
とにかく今、橋本真也のいないプロレス界が想像できない。
それだけ魅力のある選手、いや人間だったのだ。
誰にだって心の中に自分だけのヒーローが存在する。
歴史上の人物だったり、アニメの主人公だったり、スポーツ選手だったり。
僕のヒーローは、幼少の頃は仮面ライダー。
小学校低学年の時はウルトラマン。
小学校高学年の時は蔵間(僕の郷土・滋賀県出身の力士、故人)。
中学生になってからはアントニオ猪木だった。
アントニオ猪木がヒーローだった時代は、大人になってからも続いた。
その幻想を崩壊させた人物がいる。
“破壊王”と呼ばれる橋本真也だ。
いつの試合か忘れたが、東京ドームでのメインエベント。
アントニオ猪木&坂口征二組 VS 橋本真也&蝶野正洋組。
試合前のコメントで橋本は、
「時は来た!! それだけだ」とカメラに向かって叫んだ。
ごく一部で失笑も買ったが、偽りのない言葉だったのが明らかになった。
試合は猪木組が猪木の延髄斬りで勝った。
プロレスとして当然の結果である。
しかし橋本は試合中、猪木と坂口をサンドバッグのごとく蹴りまくった。
先輩に対して一切妥協のない容赦ない本気の蹴り。
試合後、猪木がボロ雑巾のようになったのを見て、
僕のヒーロー幻想は見事に“破壊”された。
“破壊王”というヒーローの誕生である。
(※ちなみに猪木の「1、2、3、ダー!」はこの試合後に初披露された)
巨漢から放たれる重厚なキック。それが橋本の最大の魅力。
あんな太い体でかっこいいキックをできるのは今までいなかった。
“爆殺シューター”と呼ばれた時期もあったっけ。
トニー・ホームに勝つまで何度も戦った異種格闘技戦。
なかなか勝てない橋本が歯がゆかった。
プロレス的には2度目か3度目に勝つはずだったのだが…。
でも、この辺が人間味あふれているのだ。
小川直也をプロレスラーに仕立て上げた小川のデビュー戦。
素人目に見ても、橋本が不甲斐無い小川の技を受けているのがわかった。
結局はそれで小川が華開いた気がする。
その後、小川に2度もガチンコを食らわされ一度は引退するが、
子供のファンなどの千羽鶴による嘆願で復帰した。
あの時、引退しておけばよかった…なんて僕は思わない。
スーパーヒーローの究極の必殺技も魅せてくれた。
垂直落下式DDT。
相手を持ち上げて脳天から落とす受け身の取れない技。
もちろんこの危ない技は、下手なプロレスラーには仕掛けない技だった。
技や体、パフォーマンス、それに伝え聞くところの
リング外での豪快・天真爛漫な気質さえもがリアルプロレスラーだった。
最後のプロレスラーらしいプロレスラーと言われているが、
それは過言ではない。
喜怒哀楽をリングで表現できる唯一のプロレスラーだった。
プロレスとは肉体を駆使した大エンターテインメントだ。
汗が飛び散り、肉体がぶつかる。
最近、子供のプロレスファンが少なくなったのが淋しい。
子供にこそ見せてあげたいと思うのだ。
僕が胸ときめかせて、仮面ライダーやウルトラマン、
蔵間や猪木、橋本を見ていたように。
昨夜はとめどなく涙が流れた。
「俺、こんなにも橋本のことが好きだったんだ。」って気づいた。
本当なら葬儀に駆け付けたいところだが、お金がないので無理だ…。
でも、もう一回叫びたかったなぁ。
せめてこのコールが天まで届きますように。
ハッシモトッ! ハッシモトッ! ハッシモトッ! ハッシモトッ!
※以下のサイトで橋本真也の勇姿、表情を見ることが出来ます。
■スポニチ
http://www.sponichi.co.jp/battle/special/2005memorial_hakaiou/photolist.html
2005年07月12日20:27

現在、7月20日(水)に、この日記は書き始めています。
この橋本真也が死んだというニュースを知ってから、
ニュースやワイドショー、新聞、雑誌、mixi、レスラーのブログ、橋本関連サイト、
果ては某巨大掲示板と揶揄されるサイトまであらゆるものを読みふけっていた。
とりわけmixiで様々な人が書く橋本についてのことが興味深かった。
「足あと」をいっぱい残してしまいすみません。
(※その間、橋本のことについては、マイミクの○○さんのところにしかコメントしていません。)
気がついたら、橋本が死んでから10日も経っていた。
ようやく日記を書き始める気分に到達しました。
遅筆で申し訳ないが、『ハッスル11観戦』を交えた雑感をここに書きます。
あと出しのジャンケンみたいになってしまいすまないです。
*********************************************
7月15日(金)に『ハッスル11』を観戦してきました。
ハッスル興行が初めて行われた大阪での大会。
くしくも橋本真也の逝去直後に行われた大会。
橋本死亡のニュースを知って、プロレスから遠ざかっていた僕の心が動いた。
レスラーや格闘家とご一緒する機会はあったのだが、
観戦ということになると腰が重かったのである。
格闘技はテレビを観た方が技のかけ方とかがいろんなアングルから観られるし、
現状のプロレスはテレビさえも観るのさえ辛かったのである。雑誌は読んでいたが。
とにかく橋本の葬儀に行けないので、
せめて『ハッスル』に行って追悼しなければ気がすまなかった。
結論を先に書くと、『ハッスル』はとてつもなく面白かった。
プロレスとは違う新しいジャンルなのである。
「プロレスはショーである」とカミングアウトした
米国のWWEという大人気団体の二番煎じだと言う人もいるが、
WWEともまた違うのである。
「喜怒哀楽」の表現ではなく、「喜怒笑楽」なのである。
ちなみに『ハッスル11』は、橋本逝去のため「喜怒哀笑楽」になり、
メジャーな外人レスラーを起用せずとも、
『ハッスル』というものが華開いた伝説の大会となった。
橋本真也の思い描いたものがある部分、完成したと思った。
それまではお客を呼ぶために海外などのメジャーレスラーを起用するしかなかった。
まずプロレスファンを会場に引き寄せるしかなかった。
プロレスファンを懐柔させるためにいろんな手段を尽くした。
だが、イマイチ盛り上がりに欠けていたと僕が思うのは、
報道や映像で知る『ハッスル』の状況が、
単なるレスラーのお笑いごっこに見えてしまったからだ。
だが、今回の観戦でそれが一変した。
とにかく面白いのである。
レスラーがひたすら“しょっぱく”見えた
スカパーの番組で観たのとは大違いなのである。
映像とリングとレスラーと会場と観客が一体となった
“ファイティングオペラ”の名に恥じない、
究極のエンタテインメントと言っても過言ではない。
とりあえずプロレスに対する偏見を持つ人を懐柔したいのなら、
『ハッスル』を生観戦するべきなのである。
それまでのストーリーを知らない人でも絶対に楽しめるはず。
あれで自由席がたったの3000円というのは安すぎる。
スカパーの番組を買うのが高すぎるのだが…。
どんなジャンルの興行より面白いと思うのになぁ。
格闘技のチケットははっきり言って高すぎる。
たしかに格闘技観戦は熱くなれるのだが笑えない。
熱くしてくれたうえに笑わせてくれるのは、
僕から言わせれば三島☆ド根性ノ助選手だけだ。
彼にはもっと強くなって勝ってほしいが…。
(あ、桜庭選手もそうだなぁ。)
話がだいぶん逸れた…。
興行(試合)内容については省略する。ヤボだから。
なぜなら、面倒だし、日記というのは速報性がないと面白くない。
それに他の人が書いている文章でわかると思うから。
(まあ、人それぞれ意見があると認識したが。)
おまけに↓ココを見れば、一発で『ハッスル11』のことがわかるから。
http://www.hustlehustle.com/free/fightcard/index.html?id=1117610863
【ご注意】↑このページは下の方から順に読むべし!
さらに↓このページを見れば初心者でももっとわかる。
http://www.hustlehustle.com/free/fighters/list.html?view=all
※「レスラー」と書かずに、「登場人物」と書いてある。それがすべてだ!
だから僕の印象に残ったことだけ書かせてもらう…。
なにがなんでも『ハッスル11』の当日券を
キープするために大阪府立体育館へ向かった。
早く到着しすぎてほとんど誰も来ていなかった。
すんなり当日券をゲット。
それから橋本真也の献花台に向かい手を合わせた。
カフェで開場を待つことにした。
カフェには、ハッスルしに来たであろうグループが
あちらこちら騒いでいた。僕は独りぼっちなのに…。
チケットはゲットできたが、一緒に観戦する人はゲットできなかったのだ。
どう見ても“オフ会”のようなグループばっかり。
その中にジーパンを履いてボインでポッチャリとした可愛い女性に目が釘付けになった(苦笑) 。
「何をしているんだ自分! 橋本の追悼ハッスルに来たんだぞ!」
と言い聞かせてみた。
カフェを出ようとすると、入口に本物のキダ・タローを発見!!
「これは今日の興行でリングに上がるんだろうなぁ〜。」
と思いニヤリとする。
今日はご当地レスラー『KIDATA・ロー』というのが出るのを知っていたから。
そして案の定、舞台に本人登場。知らなかった観客が全員大笑い。
まるでモノマネ番組でお約束の「本人登場シーン」を見ているようだった。
試合中にも試合をストップさせて
マイクパフォーマンスをするキダ先生にウケた。
2階の真ん中から観戦したのだが、会場全体が見渡せるのがよかった。
昔、アジャ・コング対ダイナマイト関西を「熱く」観たときもそうだった。
それにしても知ったかぶり解説をする観客が後ろにいたので鬱陶しかった。
挙げ句の果てには、田中将斗の試合で「ECW!ECW!」と叫ぶし、うぜぇ〜。
ECWといえば、FMWに来てたダッドリーボーイズ(現:WWEのダッドリーズ)を思い出した。
試合後に怖そうな雰囲気で誰も声をかけられない彼らに僕が突撃。
一緒に写真を撮った。
そしたら、僕の友人の後ろに観客の行列ができてるの…。
みんな意気地なしだ!(笑)
そういやジャンボ鶴田にサインをねだったときも、
僕の後ろに行列ができたっけ。
それからそれから…。
橋本追悼テンカウントゴング。
選手らが全員(高田総統とインリン様を除く)出てきて黙祷。
小川の説明で、橋本が考案した『トルネードハッスル』をすることに。
これは、腰を三回転半させてからハッスルポーズをするというもの。
観客全員にはコレをするのにはさすがに羞恥心があったのだろう。
そこで小川が叫んだ。
「恥ずかしがらずにやれよっ!!!」と。
これで恥ずかしがってる観客を我に返らせた!
どよめくように「オーーーーーーーーッ!!!」とみんなが叫んだ。
小川の叫びにしびれた。
インリン様が会場を沸かせたし、スカパーの青木裕子も遠くから拝めた。
青木裕子がイイ女に成長していたので、スカパーに加入したくなった(笑)。
昔はただ乳が異様にデカイ小娘だったのになぁ。
帰ってから青木裕子のオフィシャルサイトも眺めてみたけど、
橋本と青木が一緒に写ってる写真、橋本の腹がヤバすぎる。
そりゃあ、棺桶のフタも閉まらんわなぁ…。
それにしても青木裕子の歌を試聴したら、イマイチだったので萎えた(苦笑) 。
それでも成熟したイイ女だぁ〜。
『ハッスル11』から帰宅してからわかったのだが、
僕の初めてのハッスルが、橋本らの「三銃士興行計画」を妨害(?)した
草間氏(前新日本プロレス社長)の音頭で行われたのが、
気分的にいわゆる「微妙」だ……。
2005年07月20日07:06




後輩、いや、もう既に友人と呼んだ方が正しいが、
その友人のお父さんが電鉄会社から脱サラして、
うどん屋さんを始めて1年以上が経った。
なかなか食べに行く機会がなかったのだが、
先週の金曜日に思い切って行ってみたので報告したい。
たとえ友人のお父さんであろうが、
うどんそのものに問題があったら
歯に衣着せずにヒトコト言ってやろうと目論んでいた。
こちらも仕事で何百軒と飲食店を取材してきたのだ。
プライベートでも数え切れないほど食べ歩いたし、
うどんの取材では高松を練り歩いたこともある。
それに僕のお婆ちゃんはうどん屋で働いていたので、うどんの味にはうるさい。
死んだ母もこよなくうどんを愛していたので、
うどんに関しては「血筋」みたいなものがあると思う。
僕は気に入ったお店ならいつまでも贔屓にするが、
気に入らないお店では料理を見ただけで旨いか不味いかぐらい自慢じゃないが判断できる。
昔は不味いものでも「全部平らげなければならない。失礼だ」
というライターとしての使命感があったので吐き出すほど食べていたが、
今では不味そうなものは、たとえ広告の仕事であっても一切口にしない主義だ。
僕は飲食するのに相応しくないタバコを吸うけども、舌にはプライドがある。
実はタバコを吸わないと、普段の自炊以外では舌が化学調味料や添加物などに過敏に反応してしまうのだ……。
タバコを吸っても反応しているんだけども。
とにかく友人のためにも一家言はする腹づもりで目的のうどん屋さんへ向かった。
到着して、店に入り友人の御両親に挨拶してから、
まず、『きつねうどん定食』を注文した。
きつねうどんは僕の好物というだけでなく、
うどん屋の良し悪しを判断する絶好の品だと思う。
油揚げと出汁と麺が一体となった時に初めて美しい味のハーモニーを醸し出す代物だ。
よく、うどん屋さんは
「まず、打ち立ての麺を生醤油でお召し上がりください」などと言うが、
そういうものはよっぽどひどい材料と打ち方・茹で方でないかぎり、
ある程度以上は旨いに決まっているし、
そういうものを食べたければ、うどんの本場の四国などへ行けばいいと思う。
いまや「豚丼屋」になってしまった『なか卯』でも十分だ。
定食にはゴハンかオニギリなどを選べることになっていたが、
迷わずオニギリを選んだ。
オニギリはそのお店の「良心」を反映する食べ物だと思う。
握り方や形だけでお店そのものの志がわかるというわけだ。
で、『きつねうどん定食』が出てきていきなり驚いた。
うどんは油揚げの大きさで麺が見えないほどで、
オニギリは白米じゃなく、鮭(シャケ)などを混ぜた、
かやくごはん的なオニギリだったからだ。
これでオニギリひとつをとっても手間ひまかけているのがわかった。
それにしても定食に付けるにしては贅沢すぎる。
とにかく先制攻撃で一本取られた。
そして、うどんに口をつけた。
「まずはスープや出汁から…」なんて、通ぶったことを僕はしない。
そんなことは麺に絡み付いてくる味でわかるはずだから。
麺を箸でつまんで「あれっ?」と思った。
注文の際に「太麺か?細麺か?」を訊ねられたので、
きつねうどんに合う太麺を頼んだはずなのに細かったからだ。
これが後で僕の思い違いだったと気づくのだが……。
「まあ、聞き間違いもあるさ…」と思って麺を食べた。
喉ごしや良し。噛みごたえ良し。風味良し。出汁との調和良し。
最初は「出汁が薄いかな?」と思ったのだが、
この太さの麺にはこの程度の出汁の風味が実にいい塩梅だ。
僕が思っている(極)太麺は、出汁の風味を強くしないと麺が負けてしまうし、
出汁が強すぎると少し下品な食い物になってしまう。
三重の名物で極太の『伊勢うどん』なんかがいい例だ。
あれなんか出汁というよりタレに近い。
『伊勢うどん』よりずっと太い麺を出す店が京都にあるが、
あれは悪く言えばキワモノ。
次に油揚げを食べてみた。
大きいわりには色が薄いので、味がほとんどついてないかと思いきや、
ジュワッと美味しい味付けが口に広がり、旨味を閉じ込めた逸品だった。
しかも、次に出汁を飲んだのだが、油揚げの味付けが出汁の風味を侵略していないのに驚いた。
僕が住んでた近所はうどん屋さんに恵まれていたのだが、
なかでも今では美味しいと評判で有名になってしまった
『やとう』というお店さえも、きつねうどんの油揚げが
出汁を甘くしてしまって残念だなぁと思っていたのに! (それがいいという見方もあるが)
ここで本題から外れるが、僕は『やとう』には開店当初から通っていた。
情熱をそそぎすぎて空回りし、1年ぐらいは繁盛していないお店だった。
立地条件の悪さもあったのだが、素人商売の感は否めなかった。
もちろん僕は実力を認めていたので通っていたのだが。
『やとう』は定食に工夫を凝らすことにより近所にいる人たちが通うようになった。
「自分の縄張りは教えたくない」という僕の気持ちとは裏腹に、
その後、雑誌で紹介されたために有名店になってしまった。
雑誌で紹介されると、また違う雑誌がそれを読んで取材するパターンが発生した。
読者もマスコミもミーハーで単純なのだ。
もちろん努力により実力も上げたので、今では大阪で5本の指に入るお店になったと思う。
逆にそうなってしまったために僕の足は遠のいてしまった。
混んでいる店は苦手なのだ……。
そのうえ、今でも僕の職業はお店の人には内緒にしている。
なぜなら、「構えられる」と辛いから。普段通りのモノを愉しみたいから。
その分、うどんのことではなくメニューのこととかを意見させてもらった。
真摯に受けとめてくださったようで、僕は少しほくそ笑んでいる。
今でも繁盛しているのは、お客さんの舌が鉛ではないということだろう。
本題に戻る。
きつねうどんの出汁は全部飲み干した。
出汁やスープが不味いお店なら、いっぱい残してあげるのが基本。
「なぜ残したのか?」のヒントを与えてあげるのが僕流なのだ。ちょっと偉そうに言うけども…。
定食は舌もお腹も満足できるものだった。
完成品だと言ってもいいのじゃないかな。
でも、一日に何軒も食って廻ってきた僕の胃袋はタフネス!
発情期のネコ並みに欲求を抑え切れないのだ。
結果、違うものも食べたくなってしまった。
そこで、ここはあっさり食べられる『ざるうどん』を注文。麺は太麺をオーダー。
「大盛りにしますか?」と言われたが、断ってしまった。
これが僕の失敗。
この店は、大盛りでも追加料金を取らないことを後で知ったからだ。
なんて良心的! というか素晴らしい!
注文した『ざるうどん』を来て慌てた。
少し細いと思っていたのが、実は太麺だとわかったからだ。
さらに細い麺があるということなのだ。
そこで『ざるうどん』は細麺でオーダーすべきだったと後悔。
太麺が好きな僕だが、さすがに2杯目はあっさりしたものが食べたかったから、
細麺にしておけばもっとあっさり食べられたのに!(笑)
とにかく食べてみた。
最初は薬味を入れないで、だんだんと入れていくのが僕としては愉しい。
蕎麦でも同じだ。
ココまで読んでくれた人なら、味は言わずともわかるでしょ?
とにかくおろし立ての生姜は、一服の清涼剤だ。
清々しい味に満足。
そこに追い討ちが来た。
「“ぶっかけ”食べてみはりますか?」って。
ここでひるむのは胃袋の鬼としてのプライドが許さないし、
ぜひ細麺を食べてみたかったので二つ返事で快諾。
『温玉ぶっかけ』を食べることになった。
これは、温泉たまごもお肉ものっていてスタミナ抜群。夏バテにピッタリ。
[↑なんだかお店の宣伝みたいになってきなぁ…(笑)]
しかも細麺なのであっさりと食べられる。
3杯目なのに苦にならない。
それにしても単純なメニュー名の品にさえも工夫が凝らしてある。
メニューをよく見ると、
『うなわさ丼定食』だの『月見うなとろ丼定食』だの
まだまだいっぱい食べてみたいメニューがあった。
お店の印象だが、外観は飾り気なく威厳さえもあるのに入りやすそうな店構え。
道路からでは見つけにくいのが難点なんだけど(苦笑)。
店内には、新聞や雑誌も充実していてテレビも置いてあるが、
大衆食堂のような下品さはない。むしろ素朴な気品がある。
おまけに座敷もあるので家族で来てもくつろげる感じ。
接客態度もセリフも感情がこもっていたので、
見ていて気持ちいいし、居心地がいい。お世辞抜きで。
僕はかつてモンゴル料理屋で働いていたので、
厨房のことや接客も多少は心得ているつもりなのだが、
友人のお母さんは「立ち位置」さえもちゃんと心得ておられた。
僕独りでおもむいたのに、幸せな気分になれた。
僕は常々、仕事というものは、
「人のためになる仕事」と「人を愉しませる仕事」の2つに分かれると明言してきた。
接客商売というものはモンゴル料理屋で経験しているが、
そこでは恩人のモンゴル人と共に「国際交流」という大義名分のもとで、
少しボランティア的な気分で働いていたのではないかとさえ思う。
仕事というのは、お金を稼ぐための手段であって、
生きる目的であってならないとどこかで書いたこともある。
でも、仕事が生き甲斐だという人は尊敬に値する。
そこでこのうどん屋さん。
「人のためになる仕事」と「人を愉しませる仕事」を同時にこなしているではないか!
舌や胃袋を満足させてくれたうえに、気分まで豊かにしてくれた。
おまけに接客している方も生き生きとして愉しそうだ。
これこそ人としての存在の意義ではないだろうか。
これこそ真実の人生のあり方ではないだろうか……。
僕がこんなに長い文章を書いて宣っているのは、
心から感動し、良い意味でのショックを受けたからだ。
脱サラしてお店を構えたという、これまでの御夫婦のストーリーの一部を
知っているからこそ、こんなにも感激しているのかもしれないが、
一見のお客さんの舌と心にも十分響く味だと確信している。
まだまだ改善したり進化してゆくであろうこのお店にまた来たいし、期待している。
夫婦というものはこうであるべきだと確信もできたし、
家族というものに懐疑的で嫌悪感さえ持っている
独身主義の僕から見ても「うらやましい」と思える御夫婦だった。
このお店の御夫婦のほんの一部であろうが、
真っ当な人生の一端を見せられ、そして魅せられた。
絶望していた僕の人生に一筋の光が見えた。
素晴らしいうどんと、そのうどんを提供する御夫婦、
そしてそんな御夫婦の子である友人と出逢えたことを誇りに思う。
********************************************
■自家製麺 うどんの『索べい』
住所:大阪府堺市中之町西1-1-10 堀ビル1階
電話:072-224-5139
営業時間:11:00〜14:30、17:00〜22:00
定休日:日曜、祝日
2005年07月25日06:45















