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【大阪タワー☆忘れたい人】
良心の呵責に苛まれ続けるブログです。



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バッドニュース・アレンさん訃報【海外版】
 このブログへ「バッドニュース・アレン」って検索キーワードで来られる方が多い。
 またライブドアスポーツの記事でも、「アレンさんの死は地元メディア(カルガリー)でも大々的に報じられている」と書かれてあるので、↓検索してみた。

 みなさんも「BADNEWS ALLEN DEAD」でググってみましょう。グーグルの検索結果一覧にある「このページを訳す BETA」をクリックすると、めちゃくちゃな日本語ですが、なんとなくわかりますよ。英語が読めない方はお試しあれ。アレンさんの公式ホームページも出てきますよ(なんかPCがおかしな反応をするけど……)。


 僕が思うバッドニュース・アレン(ブラウン)さんは、いつも主役じゃなかった。新日本プロレスの時代は、ブッチャーやラッシャー木村の子分的存在だった。でも、ビルドアップされた黒光りしたいいカラダの持ち主で、プロレスも上手かった。Uインターに登場した時にはメタボリック気味だったけど。日本で培われたレスリングの能力は、素晴らしかった。YouTubeに彼の動画もあったけど、ワールドプロレスリングの中継動画が観たいなぁ……。ついでに彼のトークショーの動画も発見。
 昨夜、TBSの『ブロードキャスター』の“お父さんのためのワイドショー講座”に、チラリと来日しているブッチャーとデストロイヤーが出演していた。ブッチャーは元気そうだった。アレンさんのことについてブッチャーがどう思っているかを訊きたいなぁ。
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自戒
人に説教たれて、人に優しい格好をして、
己の信念とプライドを押しつけて、
自信に満ちたその顔を鏡でよく見てみろよ。

何年も自分の顔を鏡でじっくり見たことねえだろ。
何年も傲慢かましてきたんだろ。

お前、若い頃そんな濁った目ン玉してたか。
お前、そんな不用意に太ってたか。

この先どうなるかわからないくせに、
この先すぐにくたばっちまうかもしれないくせに、
どうしてそんな平気な顔していられるんだ。

皆にあきれられてるだろ。
皆に不安がられてるだろ。

たまには酒飲んでハッピーになろうたって、
そんな自慰的なことはもう実は飽きてるんだろ。

自己満足はもうほどほどにしろ。
飲んでる酒をコーヒーに代えて働け。

世界が悪いのは自分のせいじゃないと思うのはもうやめろ。


2004年12月15日21:58
寿がきやの思い出
死んだお母ちゃんと、遺書を残して行方不明のままの弟とよく行った。
うちのキーボードでは「すがきや」と打ったら、
「寿がきや」て変換されるようになってる。
僕の中では「Sugakiya」でも「スガキヤ」でも「すがきや」でもあらへん。
「寿がきや」なんや。
僕の思い出は「寿がきや」に残されてるんや。

小学2年生の時に滋賀県の北部の雪が多いトコに引っ越した。
国鉄の駅まで子供の足で歩いたら1時間はかかる。
ましてや、雪道なんかの時はもう大変や。
バスなんか滅多に来うへん。
自転車に乗れへんお母ちゃんの袖をつかんで、
駅前の平和堂までよう歩いた。

平和堂の一番上の階に行くと、食堂街があったんや。
お母ちゃんは
「今日はレストランでお前の好きなハンバーグ食べよか?」
って、よう聞いてきたけど、僕は
「寿がきやのラーメン食べたいわ」
って言うた。
レストランのハンバーグは高いもん。
お母ちゃんの財布の中身を気にしてたのもあったけど、
ホンマに寿がきやの方がよかったんやで。お母ちゃん。
偏食やった弟も、寿がきやのラーメン好きやったし。

カウンターの席に座ったら、他のお客さんがうまそうにラーメン食べてる。
「あ! あの人は肉入りラーメンや。金持ちやな」
とか思うて、1杯180円もせーへんぐらいのラーメン注文した。
ラーメン待ってる間は腹が減ってたさかいに、
もう食べてるお客さんをうらやましそうに見てた。
ラーメンがきたら、鼻水たらして一所懸命食べた。
寒い道を歩いてきたさかいに、ラーメン食べたらめちゃくちゃ温もった。
汁まで全部飲んだら、お母ちゃんが
「ラーメン好きやんにゃなぁ」て笑ろうた。
お母ちゃんは店員さんに小さな器をもろうて、
弟に分けて食べさせてた。
弟が食べ終わったら、最後にお母ちゃんが汁まで全部飲み干した。
お母ちゃん、うどん好きやから、
あっさりした寿がきやのラーメンの汁もきっと好きなんやと思うた。
帰り際に、店でソフトクリーム買うてもろうた。
「あんたら寒いのにようそんなつべたいもん食べるなぁ」
て、僕ら兄弟にお母ちゃんが飽きれて言うてた。
「ソフトクリームはおいしいからエエんや」
て、僕はワケのわからん言い訳してた。
温まった僕らは家まで雪道をほくほくで帰った。
貧乏やったけど幸せな時間やった。

今日は一人で、ジャスコにある寿がきやに行った。
タンタン麺390円やらシーフードラーメン390円やら
見たことないメニューがあったけど、
僕は迷わず「肉入りラーメン」を注文した。
幼いの頃の自分がきっとうらやましがるやろな、と思うて。

おなじみの先割れスプーンは相変わらず食べにくいから端に除けといた。
そんなに特別うもうない。
もっとうまいラーメン屋ならいっぱい知ってる。
でも、また食べたなるんはなんでやろ?
そんなこと思いながら、もう「汁」とは呼ばなくなったスープを全部飲み干した。

僕は熱いものを食べると、涙と鼻水をたらす体質やけど、
今日は鼻水だけが出んかったんは、きっと気のせいや。


2004年12月10日14:41

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できれば涙を流しながら
ラブレターよりも、
手を繋ぐよりも、
「愛してる」と囁くよりも、
セックスよりも、
一緒に自殺するよりも、
深い愛情表現。

それは、ただ抱きしめあうことじゃないかな。
できれば涙を流しながら。


2004年11月26日12:35
救世主、ネコ。
薬の副作用で昨日は一日中、
今までになかったタイプの頭痛に苦しんだ。

ベッドに横になっていると、
頭がズキズキ鳴っているのがわかった。
ひどい鈍痛で、一時は「脳硬塞か?」と疑った。
「このまま死んでしまうのかなぁ」と思った。
痛む頭、遠のいていく意識。
「もうダメだ」と思った瞬間、
飼いネコの『タビ』が枕元にちょこんと座った。

タビはなにも鳴かずに、ただそこにずっと居た。
タビをおぼつかない手で撫でていると
ふと、我にかえった。
遠のいていた意識が元に戻った!
僕は生き返った。過言ではない。

ありがとう。タビ。
お前を死ぬまで離さない。


2004年11月24日20:24

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キミを連れて行きたい場所があるんだ
キミを連れて行きたい場所があるんだ。

例えば僕の大好きな北海道。

飛行機に乗ってビューンと下界から離れてしまおう。

北海道に着いたらレンタカーを借りてドライブしよう。

支笏湖の透明な水面に映る僕たちの顔を見てみよう。

湖のそばにある露天風呂へ行こう。

あの温泉に浸かれば、きっとキミのアトピーもよくなると思うんだ。

支笏湖をぐるっと一周したら、苫小牧に向かおう。

延々と続く並木道のような森の中を走り抜けて行こう。

そして右手に太平洋を見ながら、海沿いの道をゆっくり進んで行こう。

放牧されている道産子の馬を優雅に眺めながら行こう。

途中、海岸で釣りをしよう。

餌なんかなくたっていい。

僕はきっと夢という名の魚を釣り上げてみせる。

そして、襟裳岬に向かおう。

襟裳岬でなんにもない海を見ながら、森進一の『襟裳岬』を歌おう。

真夜中になっても延々と走り続けよう。

車の中で寝たっていいさ。

広大な十勝川に着いたら、車を止めてキミを起こしてあげる。

キタキツネが道路を横断していたら、

クラクションを鳴らさず車を止めて見ていよう。

それから釧路に向かおう。

たぶんその頃には明け方、僕も一緒に車で眠っているはず。

車を止めておくのは釧路湿原の駐車場。

朝起きたら、目の前に湿原があるなんて素敵じゃないか。

そして、釧路湿原でリスを見つけよう。

リスに「初めまして。遠くから来ました」って挨拶しよう。

それから日本の最東端、根室を目指そう。

最東端の塔の前に着いたら、オホーツク海に向かって

「北方領土を返せー!」って叫ぼう。

叫び終わったら、山道を抜けて小樽を目指そう。

途中のドライブインで、夕張メロンソフトクリームを食べよう。

きっとキミが気に入る味だと思うよ。

小樽に着いたら、うろうろと歩き回って、

それから海の幸を食べに行こう。

ボタン海老がすごくおいしいんだよ。

とれたてだから、甘海老なんかよりもずっとずっとおいしいんだよ。

でも、ボタン海老の味噌をすする時は、トゲに注意しないと口に傷がつくよ。

小樽を観光したら、クラーク博士の像がある所まで行こう。

像の前で、クラーク博士と同じポーズをとって記念撮影をしよう。

記念撮影が終わったら、ジンギスカンを食べよう。

ビールと一緒に腹一杯食べよう。

食べ終わったら羊牧場に行って、羊たちに「ごちそうさま」と言おう。

そして、ほとんど車が走っていない高速道路で

アクセルを全開にしてぶっ飛ばそう。

夜のススキノにも行ってネオン街を飲み歩こう。

小腹が空いたら、味噌ラーメンを食べに行こう。

鼻水をすすりながら、汁まで全部飲み干してしまおう。

朝になるまでぐっすり眠ったら、僕らの家へ帰ろう。

悩みや苦しみや悲しみを北海道の大地に捨てて去ってしまおう。

けれど、僕は北海道だけで満足なんかしない。

紫陽花の咲く季節の鎌倉、いろんな魚がいる四万十川、

透き通る海が待つ沖縄にも行こう。

日本に満足したら海外にも行こう。

僕が行ったモンゴルの草原をキミに見せてあげたいんだ。

途方に暮れるほど果てしない大地に立って、

地球にいることを実感させてあげたいな。

自分の悩みなんか、生きていることなんか、死んでしまうことなんか、

とてもちっぽけなものだってわかるはずなんだ。

ほかにも、エーゲ海、マチュピチュ遺跡、イースター島までモアイ像を見に行こう。

キミを連れて行きたい場所がいっぱいありすぎて困るんだ。

知らない場所までも行こうよ。

遥か彼方まで行こうよ。

どこまでも行こうよ。

いつまでも、いつまでも…。





こんなこと言ってるけど、

本当に僕が行きたい本当の場所は、

きっとキミのそばなんだろう。



2004年11月21日18:09
誠実
Honesty is hardly ever heard
And mostly what I need from you

これは、ビリー・ジョエルの『HONESTY(オネスティ)』のサビの部分。
二十歳過ぎの頃、まるで洋楽に興味のなかった、
この僕の耳に飛び込んできたのが、この曲だ。

「なんて切ないメロディなんろう」
『HONESTY』が気に入った僕は、初めて洋楽のCDを購入した。
そして、この英語の歌詞をソラで歌えるようになろうと思った。
なぜ「ソラで歌えることができる」にこだわったのかはわからないが、
とにかくこの曲を何も見ずに歌えるようになったら会社を辞めようと決心した。
自分へのノルマだ。

歌の練習は風呂場。
毎朝、同居人(会社の寮だった)が驚くぐらいの声で、
髪を洗いながら歌った。少しずつ。少しずつ。

そして、完璧に歌えるようになった。
会社の辞め時が来たのだ。
僕の望みでない仕事を与えてくれた会社の辞め時だ。

だが、事態は急変した。
僕が『HONESTY』を歌えるようになる前に、母の末期の肺癌が見つかったのだ。
母の付き添い、母の最後を見届けるために会社を辞めた。
送り出してくれた温かい仲間のメッセージに、
人目もはばからず、電車の中で大粒の涙を流した。


**************************************

あなたが求めているものが優しさなら、見つけていくのは難しくない。
生きていく上に必要な愛を得ることもできよう。
しかしこの世で正直さを求めると、
むしろ盲目になった方が良いくらい、見つけるのはいつも難しい。

『誠実』とは誠に淋しい言葉だ。
誰もがあまりにも不誠実だから、
『誠実』という言葉を耳にすることは少ないが、
しかしそれこそあなたから欲しいものなのだ。

私が何でも包み隠さず打ち開ければ、
同情する、と言ってくれる人はどこにでもいるものだ。
しかし、綺麗事な顔をして、綺麗事の嘘をつく人は要らない。
私が欲しいのは信じられる人だ。

『誠実』とは誠に淋しい言葉だ。
誰もがあまりにも不誠実だから、
『誠実』という言葉を耳にすることは少ないが、
しかしそれこそあなたから欲しいものなのだ。

恋人を見つけることはできよう。
友を得ることもできよう、
安定した収入を得ることもできよう、
いずれ苦い終わりが来るまでは‥。
誰でも約束の言葉でもって私を慰めることはできる。
そうだ、それは判っている。

私が深く思いに浸っている時、あまり心配しないでほしい。
そういう時、私は何も求めはしない。
しかし、真掣さを求めた時、
私はどこに求めたらいいというのだ。
だってそれはあなたから欲しいものだから。

『誠実』とは本当に淋しい言葉だ。
誰もがあまりにも不誠実だから、
『誠実』という言葉を耳にすることは少ないが、
しかしそれこそあなたから欲しいものなのだ。

**************************************

日本語訳はおおよそ上記のもので確かだろう。
僕は母に『誠実』を求めていた。
そして敗れ去って今、恋人に求めている。
仲間全員にも求めている。

しかし、世界中の人々が『誠実』になってしまったら、
これほど詰まらぬ世の中はない。
それこそ多くの宗教が求める理想のカタチであるのだろうけれど。

僕が死んでしまった後、世の中に『誠実』を求めたりはしない。
だけど、世界中の人々が『誠実』になってしまったら、
僕は『皆殺しのメロディ』を口ずさみながら甦る。


2004年11月23日21:12
ホームレス
路上生活者のことをホームレスという。
実は、ホームレスと呼ぶのはあまり好きじゃない。
なんでもかんでも横文字にするのは田中長野県知事みたいでイヤだ。
田中長野県知事は嫌いじゃない。むしろ面白い。

話がそれた。
僕は、道を歩いているとよくホームレスに出くわす。
風に乗って漂ってくるあの悪臭。
昔の自分なら嫌悪感を覚えたろう。

今は違う。
彼らを見る度に
「明日は我が身、明日は我が身」
と思う。
言い聞かせる。

うちの近所に女性のホームレスがいる。
彼女はいつも布団を抱きかかえて、とびきりの悪臭を漂わせている。
他のホームレスなら思わないのだが、
彼女を見つけるとJOKERをひいた気分になる。
その日、一日が暗い気分になる。
そこには彼女に何もしてあげられない自分がいるからだ。

モンゴル料理店のカウンターで接客をしていたら、
元日本赤軍系のおばさんに気に入られたことがある。
おばさんはホームレスの男性と来客していた。
店のモンゴル人マスターが露骨に嫌悪感を僕に囁いた。
でも僕は、おばさんのトークの相手を続けた。
海外渡航禁止が解かれてレバノンに行ったこと、
知事選挙に立候補したことがあること、
西成区でホームレスに炊き出しやらのボランティアをしていること、
冬になると路上で凍死したホームレスをリヤカーに乗せて集めまわること。

マザー・テレサはこう言ったそうな。何処まで本当か知らないが。
「大切なことは、遠くにある人や、大きなことではなく、目の前にある人に対して、愛を持って接することだ」
「日本人はインドのことよりも、日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して考えるべきです。愛はまず手近なところから始まります」
「『汝、隣人を愛せ』とは愛が身近な人々から始まるということであり、日本の貧困を見捨てて海外の貧困を救済するの輩は偽善者なのである。日本人なら、まず日本人に手を差し伸べるべきである」

新潟の地震でたった一日、二日のボランティア志願をして役立たずと言われた諸君。
あなた方は尊いことをしようとしたが失敗に終わった。
いっそ、大阪の西成区のあいりん地区にでも行ったらどうだい?
そこには報道さえされない悲惨が待っているのだから。


2004年11月18日18:09
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