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【大阪タワー☆忘れたい人】
良心の呵責に苛まれ続けるブログです。



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バッドニュース・アレンさん死去
バッドニュース・アレンさん死去の記事
日刊スポーツの記事

なんだか頑丈そうな人だったのになぁ。
心筋梗塞かなぁ?
まさにバッドニュースだなぁ。
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いじめという行為について『小さな少女』
小川さんという女子がいた。
小学校から中学校までの期間、同じ学校に通った。
何度か同じクラスにもなった。

性格も顔もブサイクの◎さんという近所の女子と幼馴染みで仲が良い、
という理由だけで、いつからか彼女はエンガチョ扱いされるようになった。

極端に背の低い、大人しい少女だった。
小さな川の側の掘っ建て小屋のような家に住んでいた。 まさに小川さんだった。
そのお母さんも極端に背が低く、参観日などでは注目の的だった。
そのお父さんは一度だけ見たことあるが、
もう「お爺さん」という印象だった。
それだけで、当時の子供らには虐めるのに十分な存在だった。
虐めるというか、完全無視される存在だった。
はっきり言って虐められる方がまだマシだ。
でも、小川さんは何も主張もしなかった。
本当に大人しい少女だった。

小学4年生の頃、小川さんと僕とが机が隣同士になった。
僕は◎さんは根性も悪いので本当にブサイクだと思っていたけど、
小川さんにはそういう印象を持たなかった。
むしろ、◎さんと近所に生まれてしまっただけなのに可哀相なことだと思った。
ある図工の時間、隣の席の人の似顔絵を描くということになった。
僕は小川さんを一生懸命描いた。
描き上がった絵を見て、皆が「似てる」と笑った。
なんで上手く描けたのに笑われなきゃいけないんだ。


中学生になって、皆の小川さんへの無視はエスカレートしていった。
小川さんの物は触らないとか、
テスト用紙を渡す際に小川さんにだけ別に渡して、
彼女の後ろの女子に渡すとか。
歴史の授業で「おおきみ(大王)」と答えた小川さんの発言を、
「大きい」と聞き違いした皆が
「小さいアイツが“大きい”って!」と冷笑したとか。

気の毒だった。
でも、女子と男子の隔たりが大きい中学時代はどうしようもなかった。
自分で言うのもなんだが、足が早くて、強そうで、
女の子みたいな童顔で、勉強ができるというただそれだけの理由だけで、
クラスの女子から密かに人気があった中2の頃の僕は、
不良グループに首を狙われるのを防ぐのに必死だったので、
彼女に救いの手を差し伸べられなかった。
いや、これは今となってはただの言い訳に過ぎない…。
女子の1人だけが彼女の相手をしていたけれど、
クラスが変わって小川さんは独りぼっちになった。
でも、彼女は絶対に学校を休まなかった。

皆が小川さんへ冷酷な扱いをしているとわかった担任は、
クラスの何名かをたまたま集めた時にこう言った。

「お前ら将来、後悔するぞ」

この言葉が未だに突き刺さるのだ。
たぶん突き刺さらなかった奴もいるだろうが。

中学を卒業して、小川さんがどうなったのかは知らない。
ただ僕は、あの小さな少女が懸命に学校に来ていたことは忘れない。
あの休まなかった行為こそが小川さんの主張だったことを忘れない。
そして、小さな少女は強かったことを絶対に忘れない。


担任の言葉が胸に刺さったまま僕は、これから生きていかねばならない。
どうか幸せな家庭を築いていてほしいと切に願う。

さっき仕事を終えて、うたた寝していたら、夢に小川さんが出てきた。
この文章は、彼女への懺悔だ。


2004年11月15日12:45
がんばれ
頑張っている人に「頑張れ!」って言うほど酷なことはないと思う。
ジミー大西じゃないけど、「お前も頑張れよ!」って言いたくなる。

末期癌で闘病中だった母には、
一度も「頑張れ」という言葉をかけたことがなかった。
いや、かけられなかった。
あれ以上頑張っている人はいなかったから…。
そして、逆に励まされたような気がする。


「明けない夜はない」、「止まない雨はない」と人はよく言うけれど、
夜が明けても、また必ず夜が来るし、
雨が止んでも、またいずれ雨が降る。

ボクたちは、太陽と青空を求めて彷徨い続ける。


2004年10月20日00:31
また会えるといいな
トモダチよ。
人生のなかで何度キミに会えるかわからないけど、何度も会えるといいな。

愛した人たちよ。
キミのことが良き想い出に変わった時、また笑顔で会えるといいな。

愛してくれた人たちよ。
キミがボクのことを消化した頃に、新しいボクに会えるといいな。

憎しみあった人たちよ。ボクを蔑んだ人たちよ。
アナタにはもう会いたくないけど、元気で暮らしてくださいな。
笑顔で会える日も来るでしょう。
アナタより幸せになることが、ボクの最高の仕返しさ。

亡くなった人たちよ。
もし、あの世があるのなら、そこでまた馬鹿話をしましょうよ。

みんな、みんな、生きていくことは容易くないけど、
どうか笑顔で会えますように。

あの頃のように、あの時のように、楽しくやれたらいいな。

深い悲しみをどこかに捨ててしまって、楽しくやれたらいいな。

何度も何度も飽きるほど会いたいな。惰性で会うんじゃなくて。

ただお互い、自分の葬式で会うのは勘弁してほしいな。

ボクは誰にも気づかれずに、ひっそりと安らかに逝ってしまいたいんだ。
だから逝ってしまう前に、今すぐにでも会いたいな。

さよなら。グッバイ。シーユーアゲイン。
またどこかで会いましょう。


2004年09月19日20:00
おふくろの味
ボクにとって、おふくろの味はなんだろう。
豚汁(ぶたじる)、ハンバーグ、白菜の浅漬け‥‥。
いろいろあるが、一番印象深いのが『酢牡蠣』だ。

肺癌との闘病中に滋賀の大津の実家に帰っていた母親が、
作ってくれた酢牡蠣だ。
いつもは大阪からボクが訪れても、ごはんを作ってくれるのはおばちゃんだった。
だが、その日は母の体調がよかったのか
「お前の好きな酢牡蠣を作ったるわ」と言った。

ウチのオカンの酢牡蠣は大根おろしをたっぷり使う。
まずは大根おろしで牡蠣を洗う。
みるみるうちに大根おろしが真っ黒になる。
そして残しておいた綺麗なたっぷりの大根おろしに大量の酢と少しの醤油を入れる。
それがとても酸っぱい。なのに旨い。

末期の癌患者が大量の大根おろしを擦るのは大変だったろう。
気が向いて作ってくれたんだろうけど、
ボクにとってはこれが最後のおふくろの味になった。
あの味を再現しようとしても、どうしてもできないのが不思議だ。
すごく単純な料理なのに‥‥。
とにかく酢牡蠣は、立派な料理だ。

オカンが亡くなってから、実家での夕食はボクが作るようになった。
オヤジと弟の分だ。
男ばかりなので誰も料理をしようとしない。
だからボクが作った。
なかでも得意だったのがハヤシライス。
食が細くて好き嫌いの多い弟が何杯もおかわりしてくれた。
たぶん、弟のとってはハヤシライスが兄の味だったろう。

今はもうあの酢牡蠣を食べることもできないし、
ハヤシライスを弟に食べさすこともできない。


2004年09月19日19:58
10円
ずいぶん前の話だ。


昼御飯を食べて地下街を歩いていると、

ヨレヨレのボロボロの服を着たオジサンが近寄ってきた。

いわゆる浮浪者だった。

浮浪者という言葉よりも乞食に近い。

働きたくても働けない人は浮浪者と呼ぶべきではない。

乞食というかホームレスのオジサンはこう言った。

「電話をしたいんですけど10円玉に両替えしてもらえませんか?」

差し出した手のひらには、五円玉が1枚と一円玉が5枚あった。

その時の私の姿は、バスタオルを頭に巻き、ヒゲをたくわえ、サンダル姿。

大勢の人たちが通る地下街で、自分(オジサン)に近い人間だと判断されたのであろう。

この人ならば話しかけやすい、という雰囲気が私に漂っていたのであろう。


私はこう言った。

「はい。いいですよ」

財布から10円玉を1枚取り出し、オジサンの手のひらに置いた。

そして、オジサンの手のひらにあった五円玉1枚と一円玉5枚を指でつまんで自分の財布に入れた。


「ありがとうございます」

ボロボロので汚れたズボンを履いたオジサンは、

臭いニオイをまき散らしながら去っていった。



たったの10円。

その10円で、オジサンは大事な電話を大事な誰かにかけるつもりだったんだろう。

たぶん、あの五円玉1枚と一円玉5枚は、オジサンの全財産に近かったはずだ。

私は、あの五円玉1枚と一円玉5枚を受け取らないで、10円をタダであげるべきだったんだろうか。

しかし、そんなことをしてしまったら、オジサンのプライドを傷つけてしまったかもしれない。

たったの10円のために、恥を捨てて私に頼んだオジサンに

私は両替えをしてあげてよかったんだろうか。

オジサンはうれしかったんだろうか。

10円ぐらいもらえると思っていたのだろうか。

たったの10円で、オジサンは電話をかけて目的を遂げることができたのだろうか。

10円の尊さを思い知ったような気がした。

オジサンにとっては、本当に尊い金額だったのだろう。


明日は我が身だ。

オジサンのようにならなくてよかった、と思っていてはいけない。

オジサンを蔑(さげす)んではいてはいけない。


10円の価値をあらためて教えてくれたオジサン。

「ありがとうございます」という言葉が忘れられない。


オジサンありがとうさん。



2004年09月14日22:42
かぎらない
田舎の人がいい人だとはかぎらない。
先生がいい人だとはかぎらない。
僧侶や牧師がいい人だとはかぎらない。
立派な人がいい人だとはかぎらない。
ニュースが正しいとはかぎらない。

都会の人が悪い人だとはかぎらない。
不良少年が悪い人だとはかぎらない。
新興宗教の人が悪い人だとはかぎらない。
犯罪者が悪い人だとはかぎらない。


僕がいい人だとはかぎらない。
僕が悪い人だとはかぎらない。

いい人と悪い人は紙一重だ。

病人になって初めていい人になる人もいれば、悪くなる人もいる。
元々悪い病人もいる。
どんなに不幸を背負った人だって、悪い人もいれば、いい人もいる。

いい人のいい部分だけみるのは、お人好し。
悪い人の悪い部分だけみるのは、心が陰湿だ。

いい人の悪い部分をみて、悪い人のいい部分をみる。
これもお人好しだ。自分勝手だ。理不尽だ。

信じると裏切られるだけだ。
信じる者は救われない。

だから僕は、信じるものしか信じない。
何を信じていいのかまだ全部わかってないけれど。


2004年09月08日07:00
生きる場所を見つけた男
ドクターデス(殺人医師)の異名を持つプロレスラー、
スティーブ・ウィリアムスが癌で危ないらしい。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/column/200408/at00002254.html

彼の得意技は殺人バックドロップ。
屈強なカラダと鬼のような形相を持つ、リアルプロレスラー。
それがもう過去形の言葉で表わさなければならなくなっている。

彼は、癌治療ででガリガリに痩せても、
主治医に黙ってプロレスを続けた。
衰えたカラダをTシャツに隠しながら。

きっと、生きる場所をプロレスに見つけたんだろう。
そして、お金も何の保証もないプロレスに自分の価値を見つけたんだろう。
「お金も何の保証もない」という部分は、今の僕に似ている。
僕はまだ、自分の居場所を見つけてないのだけれど‥。

僕は、失った時、失いかけた時に、その人の大事さ偉大さに気づく鈍感な男だ。
そうなんだ。僕はスティーブ・ウィリアムスが大好きだったんだ。

僕は彼に何もしてあげることはできない。
ただ「祈る」のみだ。
神を信じない僕が祈るのも滑稽な話だが、ただ彼の回復を祈るだけだ。
なんて愚かなことなんだろう。
いや、愚かなのか?
自分の非力さを感じ、自己嫌悪に陥っているのかもしれない。

歌手や役者が、「舞台(ステージ)の上で死にたい」とよく言うけど、
今のスティーブ・ウィリアムスは、まさにそうなんだろう。

病院で死ぬのは、彼にふさわしくない。
生きる場所とは、死に場所でもあるんだ。
「それは所詮、自己満足だ」と言ってしまえばそれまでなんだけれど。


2004年08月29日06:47

1237074_123.jpg

キミに捧げるラブレター
昔、彼女へ書いた手紙を晒します。
この手紙は実際には彼女へは送っていません。
でもいつか、ボクが作っていたサイトを見てくれることを願って書いたものです。


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仕事で悩んでいるあなたに言いたい。

仕事って一体なんだろう?
仕事は生きるための手段であって、
けっして生きるための目的であってはならない。
目的として仕事をしている人を馬鹿にしているのではない。
むしろそんな人はかっこいい。
ボクはそんな人になってもいい。

大学などを卒業して間もない時、
新しい職場に入ってあまり時間が経過してない時、
だれにでも辞めたくなる時がある。
そして職場がつらければつらいほど、余計に辞めたくなる。
ボクだっていつもそうだった。
そんな時は、信用できる人に相談するものだ。
自分に都合のいいアドバイスをしてくれる人に相談するものだ。
最後に決めるのは自分自身だけれど、
相談する前に自分の中ではすでに答えが出ているものだ。

ボクは昔の職場は嫌いだったけど、ひとりひとりは好きだった。
だからそのひとりひとりと別れることになった時は本当に涙が出た。
電車の中で何も見えないはずの夜の車窓を見ながら、
人目もはばからず大粒の涙を流した。
そして自分の境遇を恨んだ。
一生懸命働いた仕事場であればあるほどそうなると思う。
でも、辞めなければならなかった。
人生で最大級の大勝負のためにも。
そして、これからの自分のためにもそうしなくてはならなかった。


ボクのいないところであなたが困っている姿を考えると
どうにかしてあげたいといつも思ってしまう。
自分に適した仕事なんてそう簡単にみつかるものじゃない。
自分に適した職場なんてそう簡単にみつかるものじゃない。
自分が居心地のいい環境なんてそう簡単にみつかるものじゃない。

仕事で悩んでいるあなたはかっこいい。
でも、つらそうなあなたを見るのは哀しい。
ボクは自分自身に置き換えて相談を受けることしかできないかもしれないけれど、
あなたの幸せを切に切に願っている。
だからつまらないことでも、なんでも、いくらでも相談してください。
話してください。

次の仕事のアテなんかなくてもいい。
そんなことはどうにでもなるようになる。
遅すぎることなんて絶対にないのだ。
自分が行動を起こし始めた瞬間が、きっとふさわしい時なのだ。
だから、ふさわしい時が来るまで、
今を頑張ってください。
「頑張れ」って言葉はあんまり好きじゃないんだけど、本当にそう願っています。

ボクには何のとりえもないけれど、
あなたを幸せにする自信はないけれど、
いつもなにかにつまづいて、
でも一生懸命なんとかしようとしている、
限界以上に頑張っている、
本当に気を遣ってくれる、
どこか鈍感で、でもどこかしっかりしている、
あなたの人柄。
ボクは、そんなあなたをきっと好きなんだ。

この手紙は、あなたが安らげることを願って書いたつもり。
すごく遠回しな意味の文章だらけになってしまったね。
そう。これはきっとあなたに届くと信じて書いた、
ボクの精いっぱいのラブレター。


2004年08月28日00:09
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