【大阪タワー☆忘れたい人】
良心の呵責に苛まれ続けるブログです。



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ジブリ風味プル様
プルIMG_1816

古いスマホのカメラで綺麗な目が撮れました。
神秘的。

バカ猫は困るけど、猫バカになってもいいじゃないか!
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ありがとうさようなら


元野良猫のテン。

植木の下から仔猫が飛び出して来たので、もう1匹来ると思ってスタンバイしてたら、本当に出て来て1秒で僕に捕まったテン。

猫を拾うというより掴んだって感じのテン。

全然、抵抗しなかったテン。

そのまま友人が居る会社に遊びに行ったら、モルモットと間違えられたテン。

耳ダニ、回虫、皮膚病、ノミ……。パーフェクトに近く汚かったテン。

最初「ペンチ」って呼んでたのにいつの間にか「テン」になったテン。

うちの先住猫のブイになぜか嫌われてたテン。

ブイに耳周辺を噛まれて、黒い毛の所が白い毛になったテン。

うんちがとびきり臭いテン。

うんちを埋めないテン(泣)。

風呂場で僕が歌っていたら、風呂の外で歌に合わせて喚いてたテン。

うちはペット禁止物件なので、僕に歌うということをやめさせたテン。

風呂が怖いのに、浴槽が空の時は浴槽で寝そべってドヤ顔だったテン。

僕が出掛ける時、ドアを閉めカギを閉めたら「ニャゴ〜ニャゴ〜」と大声で僕を挑発するテン。

それを黙らせるため、土足のままテンを捕まえようとしたらいつもすでに逃亡していたテン。

帰宅すると玄関で待っていたテン。

待っているのは嬉しいけれど狼みたいな雄叫びをあげるので、雄叫びそうな瞬間に叱ったら逃げたテン。

結局、僕が帰宅時にドアを開けたらすぐ逃げたテン。

眠たい時は玄関に来ないテン。

ちくわが大好きすぎて、ちくわの袋を見ただけで発狂するテン。

僕がイスに座っている時、股の間に居るのはいいけどその時だけ口が臭いテン。

泣き叫ぶほど布団に入るのが大嫌いなテン。

年寄りになってからようやく布団に上半身だけ入って来たテン。

いつも女性にモテモテのテン。

女性にしかほぼ興味がないテン。

滅多にカメラ目線をくれないテン。

大事な服に限って、毛だらけにしてくれたテン。

アゴの下を撫でると、平べったい生き物になるテン。

老衰でびっくりするほど骨格まで小さくなったテン。

それでも毛としっぽが長いので、大きな猫と言われるテン。

ブイは亡くなる前日くらいから弱り始めたのに、1ヶ月以上がんばったテン。

口をパクパクさせて水を飲みたがったテン。

2014年6月12日(木)16:53没、享年17のテン。




なあ? テン。

死ぬ時以外はなかなか楽しかったやろ? 俺も楽しかったで、テン。

さよならの時が来たみたいやからしょうがないな、テン。

天国なんてあるのかどうか知らんけど、お前とまた逢える所がたぶん天国や、テン。

楽しい日々をどうもありがとうな、テン。
   
グッバイ、さよなら、再見、僕のテン。


 
2013年 愛猫の死、それから
 2月。約17年連れ添った愛猫が死んだ。

 それから、脳梗塞を患っていた父方の上から二番目の叔母が死んだ。
 それから、母方の伯父が誤嚥性肺炎で今も入院したまま。
 それから、父方の一番目の叔母が脳梗塞で倒れたが間一髪で助かった。
 それから、なんでも話せて頼りにしてた親友が手術や医療ミスにより意識不明になった。

 それから、北海道へ行った。こんな僕でも機上の人になれてLCC(格安航空会社)様様だ。現地在住で古くからの友人達に恵まれたおかげで楽しく過ごせた。たぶん今年、良かったことはそれだけ。

 北海道から帰宅した翌日、高速バスで徳島へ。危篤だった親友に一晩付き添ったが彼はぼろぼろになって死んだ。中止せずに北海道行きを決めたのは、彼が死んでからでは精神的にキツそうだったから。

 それから、母方の伯母が終身の場として自ら特養へ入った。認知症が進みすぎている。
 それから、僕と伯母を15年ぶりに再会する切っ掛けを与えてくださった大阿闍梨さんがお亡くなりになった。
 それから、長毛種の愛猫16歳がほぼ初めて布団の中に入ってきた。2月に死んだ愛猫と同じパターンで背中がかなり痩せてきた。
 それから、親父が居る特養から「白目むいて痙攣してたので救急車で運んだ」と夜中に連絡があった。
 それから、僕の血圧が異常に上がったり下がったりして48時間近く起きなかったというか起きられなかった。最後は猫に起こされた。
 今日また親父が痙攣を起こしたそうだ。新たな脳梗塞のせいだろうと医者は言う。

 僕と親父と父方のように時間が解決する精神的なことは稀にある。しかし、何もしなかった時間というのは何もかもを廃墟にするだけで何も得られない。今年、唯一良かった北海道への小旅行のように、結局は何かをしなければ何も得られない。

 僕は言葉を文字として綴ることが唯一の精神的支柱と病んだ日々の消化だと思ってきたがそれさえもほとんどしなくなった。小学3、4年生の頃は学年で一番図書室の本を借りて読む子だったが小難しい本は読めなかった。それはいま現在でもそうで、読みたいと思って買った本が数十冊以上もほぼ何も読まずに眠っている。

 何かたくさん綴るための方法の一つに読書があると思うが、リリー・フランキーの『東京タワー』を1年以上かけてやっと読了してからは漫画でさえも読了していない。今年ほど周囲と自分の生命の危機と終焉を感じたことはないはずなのに。書きたいことや書かねばならぬことはいっぱいあるはずなのに。できない。もう誰も倒れたり死んだりしないで欲しいと震えながら願うことしかできない。

 ただ、2013年という悪夢が過ぎ去るのを待ちわびている。
 みんな、元気でいてくれ。
 お楽しみはそれからだ。

 
  湯飲み努力
 
 
 
猫を亡くす
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 先週、2月9日(土)19時半、我が家の最長老猫「ぶい」が亡くなった。
 16歳10ヶ月、あと2ヶ月で17歳だった。20歳以上まで生かせると余裕を持っていたのに……。

 友人の知人の家の庭に野良猫が子どもを生んだのを1匹もらった。
 気に入らないとすぐに怒る怒りんぼだった。
 2回に分けて、計8匹子どもを生んだ。
 2回とも僕が産婆をした。
 猫トイレでは他の猫の分までウンチを砂に埋めてくれた。
 前脚とアゴを僕の右腕に乗せて腕枕で寝るのが好きだった。
 好物はカニカマ。でも、塩分などを考えて一年に二、三度しかあげなかった。
 僕が高熱でうなされている時、朝まで枕元に座って看病してくれた。
 他の猫たちが寝ている時にしか膝の上に乗ってこないツンデレだった。
 あと、いろいろきりがないきりがない……。


 ぶい、一生忘れへんからな。  
 悲しみは深いけど、ぶいと居た幸せの方が大きいからお前をもらって本当によかった。
 約17年間、僕を癒し、そして護ってくれてありがとう。
 


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もふもふ
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諸事情あって、ケータイを新しいのに替えたので、
カメラの性能を確かめるべく、
一発目の記念撮影にうちの猫「テン」を撮影。
シャッタースピードがやたら遅いので後ろを向かれてしまった。
胸毛もふもふ。

 
 
逝くなと起こした猫
 また自分が誰なのか、ここはどこなのかさえ分からないまま目覚めた。蛍光灯を点けっぱなしだったので、光を浴び続けていた左目にダメージで頭痛。

 エアコンが動いている。最近は点けた事なかったはずなのに。昨夜って寒かったのかな? 僕の腕枕で寝ていたタビを起こして、パソコンデスクを見た。パソコンもブラウザも点けっぱなしだった。ブログの管理画面とmixiにログインしたままだった。デスクには食事の跡が……。どうやら食べている途中に眠ったらしく、安くて最高に旨いチャンジャが乾涸びていた。

 缶ビール(ビール風味酒)が2つ置いてあった。1つは空だったが、もう1つは蓋を開けたまま満タンに入ってた。回りっぱなしだった換気扇を止めてトイレへ。そして、鎮痛剤といつもの精神安定剤3種を飲んだ。

 どうやら18時間以上眠っていたらしい。いつの間にエアコンを点けて寝床に入ったのか憶えていない。ブログに新しい猪木動画が追加されているがこれも憶えてない。

 ただ憶えているのは、あちらに記憶が飛んでいた僕の寝ている途中を、猫のタビが何度も揺り起こした事。起こされてなにか会話していたような……。

「やけに今日はしつこく腕枕を強要するよな」
「お前、そんなに俺の事好きか?」
「俺を恋人やと思てるやろ?」 

 タビの返事は憶えていない。いつものように掠れた声で「ニャッ!」と鳴いたような……。
 起きたら全身が妙に冷たかった。エアコン点けて寝ていたはずのに。タビが寝ていた右腕だけが温かった。また「猫救助」を受けたのだろうか?
 
 ひょっとして知らん間にオーバードーズしてたのかな? 一体なんなんだろう? とにかく月曜日にガスを止められてしまうので、今のうちにシャワー浴びとこ。
わん太郎 【改訂再掲載版】
※実話です。


 おまえと僕が出会ったのは、近所の細い細い路地裏。

 裏のスーパーへ買い物に行く途中、路地裏の家に飼われていたおまえは、僕が通ると小屋から突然出てきて物凄い声でワンワン吠えた。柴犬みたいにかわいい顔しておっかない声を出すから、僕は遠回りして買い物へ行くようにしたんだ。

 遠回りして行くのが面倒くさくて、暗い夜道の中、おまえが吠えないことを祈りながら歩いた路地裏。そんな時にかぎっておまえは狂ったように吠えた。
 なんとか吠えられないように路地裏を堂々と歩いてみるようにしたら、おまえはだんだんと吠えなくなっていったね。

 ウォン!と小さな声だけを出して、僕を見るようになったおまえ。
 ひとりぼっちのおまえとひとりぼっちの僕。
 僕はおまえのことを勝手に「わん太郎」って名付けたんだ。いつかおまえにシッポを振ってもらいたいと、僕はたくらんでいたんだ。


 晴れた夏の夕暮れ。
 おまえの小屋の前を通ると、決まってダルそうに寝ていたね。その横には「食べ物を与えないで下さい」って札がぶらさがっていたのを憶えてる。これでは、ゴハンをあげておまえにシッポを振らせることができないじゃないか!


 寒くなった秋の夜。
 あいかわらずわん太郎は、寒々とした小屋につながれてこっちを見ていた。


 雪の降る真冬の昼間。
 小屋の中の毛布の上で眠っているわん太郎の前を、僕はいつもと同じように通り過ぎた。


 涼しい春の薄暗い夜。
 花粉症でかゆい目をこすりながら、わん太郎の前を通り過ぎた。


 雨の降る6月の夕暮れ。
 わん太郎が濡れていないか心配しながら、小屋の前を通り過ぎた。


 汗が吹き出る真夏の午後。
 Tシャツと短パンの僕は、わん太郎に吠えられないかなぁと思いながら通り過ぎた。


 季節が何回めぐっても、僕は心の中で「わん太郎」とつぶやきながら何度もおまえの前を通り過ぎた。
 吠えもしない、つながれただけのただの犬。そんなおまえにいつかシッポを振られたいと思いながらも、立ち止まらずに小屋の前を通り過ぎた。だってまだあの札がぶらさがっていたから。


 ある夜風が沁みる日。
 おまえの小屋はなくなっていた。あの札も。もちろんおまえもいなかった。何度も何度も路地裏を通って確認したけど、おまえとはもう二度と会えなかった。


 
 あの路地裏を通り過ぎるたび、おまえを思い出していつもいつも寂しくなるよ。
 さよなら、わん太郎。
 


 僕のコートのポケットには、わん太郎にあげるはずだったドッグフードが残っていた。



猫とカラス




 土曜日からほぼ寝たきりです。正確にいえば、水曜日からです。薬がなくなりかけだったので金曜日はさすがに精神科医へ行きましたが。

 昨夜は本気で救急車呼ぼうか迷いました。しかし、お金もなく、猫の世話をしてくれる人もいないだろうから、久しぶりに処方されたハルシオンなどの睡眠薬を飲んで寝ました。明朝起きずに死んでるかも……などと思いながら。

 急患の場合は、車で夜間病院や救急病院へ送ってもらうよりも、救急車の方が何かとスムーズなのは体験済みです。下手に送ってもらったりすると、手続きやら、受付拒否、待ち時間などで大変ですよ(これも体験済み)、皆さん。最近は病院側の受け入れ拒否のため、右往左往している可哀想な救急車のニュースをよく見かけますが、生死に関わるような場合は先に警察も呼んでおくのが無難かも。
 というか、我が家は徒歩1分の場所に救急病院があるのですが、病院ぐるみで“YABU”なんで、そこにだけは行きたくありません。一昨日も、自家用車で病院玄関に乗り付けた元患者と思われる若者が、「院長を出せ!」と凄んでました……。思わず加勢しようかと……。

 とにかく、心の臓が苦しいのです。最初、左腹部が痛かったのですが、金曜日、精神科医に問うたところ、「心臓の痛みがそこら辺に出ることもある」と言われました。

 痩せてた頃、詳しくいえば今の身長で57~62kgだった中学生時代から「心肥大」と言われておりました。おかげでスタミナもなく、過剰な運動をすると2、3時間立ち直れなく、高校生の頃は体育の授業で200m走を全力で走った為に、その後の授業で教師に当てられても机に伏せたままというようなことも。
※ただ、体育の授業では、僕だけ終わった後にヒーヒーゼーゼーしていたものですから、体育教師が「おまえら、ちんたら走ってんと、にらみたいに思いっきり走らんか!(怒)」と褒められました。

 心臓が悪いのはほぼ遺伝です。親父もペースメーカー入りですから。僕なら親父みたいに助からずに、朝になったら息絶えているような気がします。つーか、皆の衆はペースメーカーの役割などを知ってるのかなぁ?

 痩せてる頃から心肥大ってことは、太った今では焼き肉でいうところの脂たっぷりな「ハツ」もしくは「アブシン(脂の付いた心臓の略)」なんでしょう。何度か医者に指摘されましたが、治しようがないので。

 僕は朝になると、寒くても空気の入れ替えの為に窓を開けるのですが、一昨日の朝は、カラスが近くでギャーギャー鳴いていました。東京の都心ならカラスなんてヒッチコックの映画並みに当たり前のようにいますが、この街に住んで13年くらいで、カラスを見かけた記憶がないです。
 うるさいので窓を閉めようとしたら、なぜかベランダにいたうちの猫があわてて部屋へ入ってきました(うちの猫は普段ベランダには出ない)。カラスが猫と会話をしていたのか、カラスが猫を見つけて騒いでいただけなのか、それとも死臭を漂わす僕をカラスというあの世の使者が見つけて、猫たちがそれを追い払おうと対峙していたのか……。

 じゃ、寝ます。
ねこ思い
ねこ思い1

ねこ思い2


 体を伸ばして片手だけでネットをしながらぼんやりしている隙をついて、猫たちが僕の大きなお腹や太腿に乗る。

 これぞ「ねこおもい」。
 かなり重い。
 やや苦しいのに至福の時でもある。



 明日は親父のペースメーカー検査だ。さぶい滋賀へ行ってくる。
向日葵と猫
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 ブイ(♀)を飼い始めてから、どうしても子どもを産ませたくなった。ブイの遺伝子を残したいから、なんて単純な理由。
 ブイが生後1年くらいの時に、まだ生後3ヶ月にも満たない野良猫、テン(♂)を捕獲した。お婿さん候補にと思って。
 ブイはテンを気に入ってくれるどころか激しく嫌がった。時間が2匹の溝を埋めてくれると信じていたが、それがなかなか……。

 ある日、友人の金田が、急な電話をしてきた。
「猫を拾ったから今からそっちへ持って行く」
「要らん! 持って来んといて!」
 うちにはすでに2匹いたので断ったが、僕の言葉を無視して青い瞳の白い猫(♂)がやって来た。一目惚れだった。僕はその子をQちゃんと名付けて飼うことにした。寝てばっかりで何をしても抵抗しない、大人しく立派な金玉の可愛い猫だった。金田に訊いたところによると、外環状線という大きな道の真ん中でQちゃんは踞っていたそうだ。

 ブイもなぜかQちゃんとは仲良くなった。花婿候補はQちゃんだな、と生後3~5ヶ月くらいの成長を見守った。
「早く大きくなって遺伝子残してくれよ」って。
 Qちゃんは交尾に成功した。間もなく3匹の子猫が生まれた。3匹の子どもたちは、無事に里親さんが見つかって貰われて行った。

 しばらくしてブイとQちゃんは、二度目の交尾をした。それから間もなくQちゃんは重い病気になった。僕が西成で動物の糞を踏んでしまった靴をちゃんと洗わなかったから、なにかの病原菌が玄関で寝るのが好きだったQちゃんに感染したのだろう。 運悪くアルビノであったQちゃんは、他の病気も併発した。
 闘病のため、Qちゃんを人間が3人くらい入れる、ランボルギーニの部品の分厚くてデカい段ボール箱に隔離したが、他の猫たちは心配になったのか、何度もその箱に侵入した。
 危険な状態が続いて毎日動物病院を往復したけど、最後のトイレを済ませたQちゃんはコテンと横になりピクピクと少し痙攣してから息絶えた。

 Qちゃんを詰めた小さな段ボールを淀川の河川敷に持って行って埋めた。乾いて雑草も生えてない部分の土の下に埋めた。好物の缶詰と、Qちゃんの遺骸が栄養となり花が咲いたらいいな、と思い向日葵の種もいっぱい埋めた。

 Qちゃんが死んだのが解っていたのか、ブイはその後、初めてテンと交尾をした。今度は5匹の子どもが生まれたが、テンの子なのかQちゃんの子なのか判らない。そのうちの1匹、タビ(♀)があまりにも可愛くて里親に出さず育てた。テンの子だと思うが、なぜかQちゃんの性格にとても似て大人しい。

 それからは墓参りなど行かなかった。大雨で流されたかも知れないし、何しろ僕はお墓が好きじゃないからだ。
 2年ほど経って、阪急電車に乗り座席に座ることもできず帰り道の梅田駅へ向かった時のこと。Qちゃんを埋めた場所をふと思い出して窓から淀川河川敷を眺めた。雑草と乾涸びた土の場所に黄色い部分がわんさかあった。
 まさかと思い、途中下車して1つ前の駅へ戻り、Qちゃんのお墓へ直行した。確かにQちゃんを埋めた場所のそこだけに、黄色い向日葵が咲き乱れていた。Qちゃんの命は向日葵になって生き続けていたのだ。

「Qちゃん、また来るからな。またお前を見せてくれよ」
 心の中で呟きながらその場所を去った。

 それから1年後、またQちゃんの化身である向日葵を確かめに行った。向日葵は少なくなっていて、その横にはホームレスの家が建ててあった……。
「やはり花がある場所に誰もが憩いを求めるんだな」
 ボロッちいホームレスの家に唖然としたけど、Qちゃんは死してなお、誰かに癒しを与える存在になっていることが分かって思わずニヤリとした。

 死んでも命や願い、魂は永遠に繋がるんだ。
 また向日葵の季節に、Qちゃんが咲いていたらいいな。
 Qちゃん、お前の遺伝子まだまだ続くよ。


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