【大阪タワー☆】
良心の呵責に苛まれ続けながら、消したい傷と残したい想い出を綴るだけのブログです。



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我が麗しのネコたち
ブイ、テン、タビ


ブイ(キジトラ、♀、8才)は、もらってきたネコ。
知人の知人の家の庭に、野良ネコが5匹産んでしまったらしい。
ホントは茶トラのネコが欲しかったのだが、
写真を見せられて惚れてしまった。
僕がウンコをしていると必ずトイレに入ってくる奴だ。

ブイには2度出産させた。
2度目の子で、かわいすぎて
どうしても手放せなかったタビ(キジトラ&白、♀、5才)。
手足が白い足袋を履いているみたいなので、そう名付けた。
憶病者で、僕以外にはなつかない。
いつもゴロゴロ言っている甘えん坊。

タビのパパは、テン(ロン毛の白黒、♂、7才)。
元野良ネコ。
大きな道路沿いにいるところを、
見つけた瞬間すぐに(2秒くらい)で捕まえた。
その時は生後2ヶ月ぐらいだった。
耳ダニ、ノミ、寄生虫、毛抜けだらけだった。
ブイのお婿さん候補にと連れて帰ったのだけど、
ブイはテンを気にいってくれなかった。

結局は、今は亡きキュー(アルビノでシャム系の雑種、♂)が、
ブイの初代お婿さんになった。3匹の子を授かった。
キューは国道(環状線)のど真ん中に
うずくまっているところを保護されて、友だちがウチに連れてきた。
キューも生後2ヶ月ぐらいだった。
ネコはもうこれ以上飼えないと思ってたけど、
白くて青い瞳のキューに一目惚れしてしまったのだ。
キューが死んだ時、川の土手にヒマワリの種と一緒に埋めた。
2年後、お墓参りに行ったら、土手がヒマワリ畑になっていた。

ブイの二代目のお婿さんは、テンになった。仕方なくって感じで(笑)
5匹の子を授かった。そのうちの1匹がタビ。

タビは生後1年ぐらいで避妊手術した。
テンと近親相姦になったら困るからだ。
まもなくテンを去勢した。
キンタマがない♂なのに、ブイのサカリの時期には交尾していた。

最後に、一番古くからの僕の相棒・ブイを避妊手術した。
ウチのネコたちは、全員オカマちゃんになった。
そして、欠かせないパートナーになった。

ネコたちの最後を看取るまで、僕は死なないつもりだ。


2004年08月22日05:36
血まみれの子ネコ
 こちらでペット事情について綴ってあったので、僭越ですがトラックバックならぬリンクを貼らせていただきます。

 ペットの餌。それはもう考えるだけで容易に恐ろしい。「ビーフ」ならば病死牛、それも脳から脊髄までまるごと加工ってことは十分に有り得るだろうし、むしろそれが事実だ、と述べる人も少なくない。

 我が家のネコたち。ペットという名のパートナーたちは、ビーフ系の餌(フードと呼ぶべきか?)を食べると、例外なく下痢を起こす。この事がすべてだろう。ビーフ系の餌は与えないべきである。むしろ、国産のものを与えず、ペット事情が進んだ欧米産のものを与えるべきだと思うし、獣医もそう言ってた。我が家では、ネコのカリカリの餌はサイエンスダイエットが中心だ。これは下痢をしないばかりか、糞の量が減るので助かる。食物としての吸収力がいいのだろう。

 金銭的に困っている時、国産のカリカリを与えると下痢をしたし、もっと安いトッ○バ○ューブランドの餌に対しては、我が家のネコたちは食べもしなかった……。これじゃあ、いわゆる「ネコまたぎ」そのものだ。国産の有名餌に関していえば、テン(♂)が尿道結石になってしまい、あわてて尿道結石を治す為の餌を買い与えたら治った。

 僕が御用達にしているペットショップでは、犬・ネコ・鳥は販売していない。生体の販売は、初心者向けの熱帯魚や金魚だけだ。これが本来あるべきペットショップの姿だと思う。お金があれば誰でも買えるような、隔離されて、深夜まで照明に照らされている日本のペットショップはちょっと異常だ。いや、ちょっとどころではない。欧米人から見てみれば、考えられない状況で生体を販売している日本の俗悪ペットショップ。売れずに大きくなってしまった犬・ネコは処分されるのだろう。

 処分といえば、一時期流行った犬のテーマパーク。老化したり重い病気になった犬は、経済的に考えて破棄されていたのだろうと僕は推測する。

 ペットで思い出したが、毛皮にも犬やネコのものが使われているらしい。まずはこちらを読んでみてほしい。そして、凝視できないかもしれないけれど、こちらの「Full movie 15分」の動画を観てほしい。

 殺される側にとって、殺し方にいいも悪いもなかろう。狩猟や屠殺から肉製品・革製品になるのは文化だと思うが、上記の動画では文化の欠片もない。虐殺だ。 これを産業というならば、歴史から抹消してしまいたい。

 モンゴル人による羊の屠殺〜解体を見たことがあるが、あれはとても崇高なものだった。天と大地の神に感謝を捧げて、もちろん羊を丁重に弔う。この違いは一体なんだろう。鯨の狩猟(捕鯨)は「闘い」だし、解体は「芸術」とさえ思う。 毛皮を毟り取るためだけが虐殺の本意ならば、僕は毛皮を装着することは将来的にないだろう。

 羊は家畜だ。家畜というものを語る時、僕はその事や存在に口を塞いでしまうが、なぶり殺しにして生きたまま毛皮を剥ぐような家畜以下の扱い、これは畜生の仕業だ。


 僕がここで書いてることは偽善かもしれない。 だけど、上記の動画は偽善という言葉でさえもカバーできず、成り立たないものである。動物を殺して食らうのは、生き物(人間)としての原罪だと思う。しかし、毛皮の為の嬲り殺しなんて……。

 とにかく、ペットを飼う(一緒に暮らす)のは人間のエゴではあるけども、せめて丁重に扱ってほしいものである。


 以下の画像は、画像系掲示板で拾った、雑踏の中で歩く血だらけの子ネコ画像。

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 何度見てもたくましいと思うし、胸がキュンとなる。そして、勇気が湧いてくる。この子ネコの行く末が気になる。果たしてこの子ネコは、ボロボロの体で何処へ向かうのだろうか……。
 生きろ! 血まみれの子ネコ! 僕は、この子ネコを自分に重ねている。ただ、行く末の幸を願うばかりだ。
救世主、ネコ。
薬の副作用で昨日は一日中、
今までになかったタイプの頭痛に苦しんだ。

ベッドに横になっていると、
頭がズキズキ鳴っているのがわかった。
ひどい鈍痛で、一時は「脳硬塞か?」と疑った。
「このまま死んでしまうのかなぁ」と思った。
痛む頭、遠のいていく意識。
「もうダメだ」と思った瞬間、
飼いネコの『タビ』が枕元にちょこんと座った。

タビはなにも鳴かずに、ただそこにずっと居た。
タビをおぼつかない手で撫でていると
ふと、我にかえった。
遠のいていた意識が元に戻った!
僕は生き返った。過言ではない。

ありがとう。タビ。
お前を死ぬまで離さない。


2004年11月24日20:24

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カラス
飛び込み自殺した後の
線路に残った肉片を、カラスが群がって
ついばんでいるのを見たことがある。

通勤などをする時、駅のホームで僕は
壁にもたれてしゃがんでいる。
立ち上がると目眩がする。
線路に落ちそうになる。

電車待ちの一番前の列に並んでいる時、
足を踏ん張る。
誰かに押されやしないかと…。
飛び込むものか。飛び込むものかと…。

電車が駅のホームに入ってきた時、絶対に思ってしまうことだ。

死んだらカラスについばまれる。
火葬より鳥葬の方が食物連鎖として理想的だ。
カラスの糞便になって、土や水として地球の一部に還りたい。

昨日、一羽のカラスと目が合った。


2005年02月09日20:01
ヤギ
小学校の帰り道。

ときどき寄り道をした。遠回りして帰った。
イトコが住んでいた近くの桜の並木道を通ると、
ある桜の木に、たまに1頭の白いヤギがつながれていた。

触っても大丈夫かなぁ?
飼い主はいるのかなぁ?
などと思いながら、
ティッシュペーパーやテストの藁半紙を食べさせたりした。

一日中、ここにいるのかなぁ?
草を食べて生きているのかなぁ?
不思議と「かわいそう」という感情は湧いてこなかった。
それよりも誰が何の目的でヤギを飼っているのかが気になった。

「今日はヤギいるかな?」
と下校時に友達と話したりしていた。
ヤギの大好物だと思い込んで、
せっかく用意したティッシュペーパーを持っている時にかぎって、
その白いヤギはいなかったりした。

僕はその後、引っ越ししてヤギのことはすっかり忘れてしまっていた。
引っ越し先では、果てしなく不遇が続いた。


数年前、20年ぶりに昔の実家があった団地へ行った。
僕と家族が幸せだった時代を探しに行くために…。

ところが、住んでいた家は跡形もなかった。
ふと思い出してヤギがいた道へ行くと、桜の木が1本もなかった。
当然ヤギもいなかった。

ヤギは、僕が知らないうちに生まれて、
僕が知らないうちに死んだんだ。


ヤギも僕と家族の幸せも、思い出としてかすかに残っているだけだ。


2005年02月19日00:50
安土に咲く紅い花たち
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昨日は体調を崩していたので、
今日、安土の特別養護老人ホームへ行ってきた。

電車の中で眠ろうとしたのだが、なかなか眠れずにいて、
やっと眠れたのが目的地の一つ前の駅ぐらい。
どうして目的地が近くなると、
起きなきゃならんのに睡魔が来るのか?

安土駅から老人ホームまで片道徒歩約30分。
途中のスーパーで、差し入れ用の清見オレンジと氷砂糖を購入。
琵琶湖に繋がる西の湖を横目に見ながら、てくてくと田舎道を歩いた。
途中、トラクターに追い抜かされながら。

ふと、花が多いのに気づいた。
アスファルトの横の砂利のようなところに、
薄紫の花。
なんとも形容し難い赤い色の花。
オレンジ色の花。

名も知らぬ小さな小さな花たちが咲いていた。
雑草のように咲く花たちは、小さいのにたくましく凛々しい。

「雑草という名の植物はない。」
昭和天皇の言葉を思い出した。

僕が気にとめて撮影した花たちにも、きっと名前があるのだろう。
もし、画像の花の名前を知っている人がいたら教えてほしい。

老人ホームに着くと、用意しておいた書類を事務の人に渡した。
ワタナベさんという男性に。

そしてオヤジの部屋へ行った。
ドアを開けたら寝ていた。
昼間だというのに、施設の誰ともコミュニケーションをとらずに…。
そんな愚父を起こして、清見オレンジと氷砂糖を渡した。
会話するための話題はあまりなかった。

ゴミ箱に尿をしていたようなので叱った。
ワタナベさんに溲瓶(しびん)を買ってきてもらうように頼んだ。

あまりそこに居たくないのですぐに帰った。
帰り道に見た花たちは幾分暗く感じた。
帰りの徒歩約30分も長かった。
駅に到着すると、次の電車が来るまで30分待たねばならなかった。

安土はなんにもない町だ。
ちょっと癒してくれる花が暖かい時期に咲くだけ。それだけの町。
できることなら行きたくない。


2005年04月22日19:09



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安土に行ってきた。オヤジの様々な手続きのために。

あの紅い花が咲き乱れていた。
春の花じゃなかったんですね。


バーベナ(美女桜)。花言葉は家族の和合。

【和合】わごう 
(1)うちとけて仲よくすること。
「家内の―することは/花間鶯(鉄腸)」
(2)結婚すること。男女が性のいとなみをすること。
(3)混ぜ合わせること。
「此を取りて―して父の王に奉る/今昔 2」


なんとも、僕に打ってつけたような花言葉じゃないか…。
嫌味にさえ思える。
僕はオヤジの所に行くのが嫌だ。
今日は20分ぐらい喋ってそそくさと帰ってきた。

とりあえずオヤジには伝えておいた。
「(僕はオヤジより)先に死ぬだろう」って。
ネガティブでもなんでもない、素の発言です。

バーベナの花びらの力は、とても神秘的で、
今の僕には恐ろしいものだったりする。
一種の魔力がある。僕を惑わせる。

例えば、一輪のバーベナを咲かせたとしても、
それに気づいてくれる人はいるのだろうか。

存在さえも危うい自分。

例えば、僕が消えたら、
この広いインターネット上で、僕を見つけてくださいますか。

見つけてくださいますよう、寂れたこの地にとどまっております。
莫大に繁殖することなく、ひっそりとささやかに
この地でいつまでも咲いていられたらいい。


2005年08月12日21:17


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コガネムシ
仕事場に行く途中、ビルの階段の踊り場にコガネムシが落ちていた。

こんな閉鎖された空間に、いったいどこから来たのだろう?
僕はひょいとコガネムシをつまみ上げた。
昆虫を触るのは数年ぶりだ。

コガネムシはまだ生きていた。
でも、虫というだけで誰も拾わなかったんだろうな…。

じっくり見ると美しい色をしていた。
日本の伝統色でいえば、「鶸萌黄(ひわもえぎ)色」というのだろうか。
宝石の色でいえばペリドット(かんらん石)。
とにかく、オリーブの実にメタリックを混ぜたような色だ。

僕は、階段の踊り場の窓を開けて、
窓の外枠にひょいとコガネムシを置いてから階段を駆け上がった。



* * * * * * * * * * * * * *



仕事場から外出する時にコガネムシを見ると、もういなくなっていた…。


飛んでいったのだろうか。
それとも、窓の外枠から落ちて、下にいる野良猫に食われただろうか。

どちらでもいい。
そりゃあ、どこかで生きていてほしいけど。

とにかく僕は、
コガネムシの閉ざされた可能性を開くために力を貸したのだ。
中途半端な偽善者と呼ばれたっていい。


2005年09月15日22:48
ANIMAL HOARDER
捨てないでほしい。
その言葉は解るがやめてほしい
経済力に見合わぬ多頭飼い。

物をもらったり拾ったりして、実家をゴミ屋敷にしたうちのオヤジも頭がおかしいのだと思う。
多感な時期にどれだけ恥ずかしかったことか。
友人と一緒に下校する時に、自宅の前を通らずわざわざ遠回りして帰った。
弟もそうしていたようだ。

いつのまにかゴミ同然もの専用の小屋を建てたオヤジ。
僕は中高生の頃、小屋の中で、使いもしないタンスなどをぶち壊しまくってた。
本当に壊したかったのは、オヤジという存在だった。

ブタの自由
まずは真島昌利の『こんなもんじゃない』って曲の歌詞を見てほしい。


昨日、取材の帰り道。
山奥の高速道路でブタを載せたトラックを見た。

屋根のない単なる荷台に載せられたブタ運搬トラックは初めて見た。
ブタらは鮨詰めにされて、座ることも動くことさえできない状態。
小さめのトラックに50頭以上はいただろうか。


トラックを追い抜きざまに、僕はブタの顔を見てしまった。
遠くを見つめるような哀しげな瞳瞳瞳……。
肌色のせいもあるだろうが、ブタらが人間に見えてしょうがなかった。
『こんなもんじゃない』の歌詞

ブタの自由に慣れてはいけない もっと人は自由なのだ

を思い出した。


これから屠殺場で解体されるんだ。
屠殺場に連れて行かれるために、
産まれさせられて餌を与えられて育てられたんだ。

ぎゅうぎゅう詰めの荷台に動くこともできず立たされて、
自分らの行く先も知らずに、
肉になるんだ。


僕の自由はどこへ載せられて行くのかな。
いつか僕もどこかのブタに食われるのかな。
ブタよ、瞳の潤んだブタらよ。
アディオス、ごちそうさま。


2006年08月11日00:00


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向日葵と猫
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 ブイ(♀)を飼い始めてから、どうしても子どもを産ませたくなった。ブイの遺伝子を残したいから、なんて単純な理由。
 ブイが生後1年くらいの時に、まだ生後3ヶ月にも満たない野良猫、テン(♂)を捕獲した。お婿さん候補にと思って。
 ブイはテンを気に入ってくれるどころか激しく嫌がった。時間が2匹の溝を埋めてくれると信じていたが、それがなかなか……。

 ある日、友人の金田が、急な電話をしてきた。
「猫を拾ったから今からそっちへ持って行く」
「要らん! 持って来んといて!」
 うちにはすでに2匹いたので断ったが、僕の言葉を無視して青い瞳の白い猫(♂)がやって来た。一目惚れだった。僕はその子をQちゃんと名付けて飼うことにした。寝てばっかりで何をしても抵抗しない、大人しく立派な金玉の可愛い猫だった。金田に訊いたところによると、外環状線という大きな道の真ん中でQちゃんは踞っていたそうだ。

 ブイもなぜかQちゃんとは仲良くなった。花婿候補はQちゃんだな、と生後3〜5ヶ月くらいの成長を見守った。
「早く大きくなって遺伝子残してくれよ」って。
 Qちゃんは交尾に成功した。間もなく3匹の子猫が生まれた。3匹の子どもたちは、無事に里親さんが見つかって貰われて行った。

 しばらくしてブイとQちゃんは、二度目の交尾をした。それから間もなくQちゃんは重い病気になった。僕が西成で動物の糞を踏んでしまった靴をちゃんと洗わなかったから、なにかの病原菌が玄関で寝るのが好きだったQちゃんに感染したのだろう。 運悪くアルビノであったQちゃんは、他の病気も併発した。
 闘病のため、Qちゃんを人間が3人くらい入れる、ランボルギーニの部品の分厚くてデカい段ボール箱に隔離したが、他の猫たちは心配になったのか、何度もその箱に侵入した。
 危険な状態が続いて毎日動物病院を往復したけど、最後のトイレを済ませたQちゃんはコテンと横になりピクピクと少し痙攣してから息絶えた。

 Qちゃんを詰めた小さな段ボールを淀川の河川敷に持って行って埋めた。乾いて雑草も生えてない部分の土の下に埋めた。好物の缶詰と、Qちゃんの遺骸が栄養となり花が咲いたらいいな、と思い向日葵の種もいっぱい埋めた。

 Qちゃんが死んだのが解っていたのか、ブイはその後、初めてテンと交尾をした。今度は5匹の子どもが生まれたが、テンの子なのかQちゃんの子なのか判らない。そのうちの1匹、タビ(♀)があまりにも可愛くて里親に出さず育てた。テンの子だと思うが、なぜかQちゃんの性格にとても似て大人しい。

 それからは墓参りなど行かなかった。大雨で流されたかも知れないし、何しろ僕はお墓が好きじゃないからだ。
 2年ほど経って、阪急電車に乗り座席に座ることもできず帰り道の梅田駅へ向かった時のこと。Qちゃんを埋めた場所をふと思い出して窓から淀川河川敷を眺めた。雑草と乾涸びた土の場所に黄色い部分がわんさかあった。
 まさかと思い、途中下車して1つ前の駅へ戻り、Qちゃんのお墓へ直行した。確かにQちゃんを埋めた場所のそこだけに、黄色い向日葵が咲き乱れていた。Qちゃんの命は向日葵になって生き続けていたのだ。

「Qちゃん、また来るからな。またお前を見せてくれよ」
 心の中で呟きながらその場所を去った。

 それから1年後、またQちゃんの化身である向日葵を確かめに行った。向日葵は少なくなっていて、その横にはホームレスの家が建ててあった……。
「やはり花がある場所に誰もが憩いを求めるんだな」
 ボロッちいホームレスの家に唖然としたけど、Qちゃんは死してなお、誰かに癒しを与える存在になっていることが分かって思わずニヤリとした。

 死んでも命や願い、魂は永遠に繋がるんだ。
 また向日葵の季節に、Qちゃんが咲いていたらいいな。
 Qちゃん、お前の遺伝子まだまだ続くよ。


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